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Column – 芳垣安洋のドラム・ノーベル賞! ♯15

  • Text:Yasuhiro Yoshigaki

【第194回】
追悼チャーリー・ワッツ〜 Vol.2

 チャーリー・ワッツのことを書くには、ストーンズのことだけを取り上げるというのは片手落ちになるでしょうね。チャーリーと同年代のUKのロック・ミュージシャンの多くがその出自がロックではなくジャズにあるということはよく知られています。50〜60年代の音楽シーンというのは、ジャズの発展期であり、その時期に起こってきたR&RやR&Bなどのムーブメントはまだその黎明期から少し経った頃で、もちろんハード・ロックなどという言葉はまだありません。アメリカで起きたR&Rの波はUKに伝わり、新しい音楽がまさに萌芽し始めた時期になるわけで。今のようにまだジャンル分けがはっきりとなされるのはもう少し後の時代ですね。

 当時、ロンドンでジャズ・ロックやブルース、R&B的な音楽の中心にいたアレクシス・コーナーというギタリストが、UKのジャズとポップスをつなぐキーパーソンで、クリームのジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーやレッド・ツェッペリンのロバート・プラント、初期ストーンズの中心人物ブライアン・ジョーンズも、もちろん最初にジャズ・ドラマーを志したチャーリー・ワッツも、アレクシスのバンド・メンバーだった時期がありました。そしてストーンズの創生時のメンバーはアレクシスのバンドのライヴをよく観に来ていたそうです。UKのロック・シーンを作った立役者の多くが、ジャズに憧れてキャリアをスタートし、ブルースやジャズ・ロック的な音楽を奏でていたアレクシス・コーナーのようなミュージシャンの存在に触発され、出会い、新しい音楽——当時で言うとR&RやUKハード・ロックなどを創造する音楽家として育っていくことになったようです。

 ここで1つ面白い話が。チャーリーがアレクシスのバンドにいた頃、やはり当時のロンドンのジャズ・シーンで活動していたジンジャー・ベイカーのことを尊敬していて、その才能の素晴らしさと裏腹に仕事に恵まれていなかったジンジャーを、自分の後継にと、アレクシス・コーナーのバンドに推薦したそうです。そうしてアレクシスのメンバーになった後は、今度はジンジャーが、よくライヴを聴きに来るミック・ジャガーやキース・リチャーズらとバンド活動を始めていたブライアン・ジョーンズに、ドラマーをチャーリーに変えるように強く推したそうです。チャーリーは、こうしてミックやキース達のバンドに参加し、それがのちにザ・ローリング・ストーンズとなるわけです。

 こういった経緯からもわかると思いますが、チャーリーにとって、自分が少年時代に音楽に惹きつけられたきっかけとなった、ジャズに対しての気持ちは抑えることができずに、終生いろんな形で自身の中にそれをくすぶり続けさせることになりました。
 ストーンズの人気が沸騰しビッグ・ネームになってからは、もちろんチャーリーはストーンズのドラマーであり続けたのですが、彼は時折、「自分にとってのベストの音楽はジャズであって、ストーンズはあくまで売れるミュージシャンとしてのあり方なんだ」といったような発言をすることがありました。ストーンズのアルバム『Tattoo You』でゲストのサックス奏者を選ぶときに、「チャーリーはジャズに詳しいから誰か推薦してくれ」とミックに聞かれ、チャーリーは、来るわけがないと思いながらも、自分の憧れのヒーロー、ジャズ界のレジェンド、ソニー・ロリンズの名前を挙げたことはよく知られています。そのロリンズが実際にスタジオに現れたときのチャーリーの感激はすごかったと思います。でもこれには、さらに面白い話がついていて、いつも「ジャズ、ジャズ」というチャーリーをヘコましてやろうと、ミックが大枚をはたいてロリンズと契約し、「お前の大好きなジャズの巨匠も金を積んだら俺達の言いなりなんだぜ」とかなんとか……という話も伝わっています。

 チャーリーは自分のファースト・ネームとの因縁もあってビバップの創始者の1人、チャーリー・パーカーを尊敬し、彼のジャズ的な活動の中心にあったのは、いわゆるメインストリーム・ジャズ的なスウィング・ビート中心のモダン・ジャズでした。
 いくつか彼のジャズ・バンドでの演奏を聴いてもらいましょう。まず彼が80年代に始めたオーケストラによるジャズです。これは、スタン・トレイシーやピーター・キングらのUKジャズ・シーンのベテランの僚友に、ジャック・ブルースやコートニー・パインらを交えた総勢30人、ドラマー3人を含むビッグ・バンドで古いジャズ・チューンやチャーリー・パーカーの曲を豪快に演奏しました。87年のアメリカ公演は、チャーリー・ワッツ・オーケストラ名義で『ライヴ・アット・フルハム・タウン・ホール』としてリリースされています。

『ライヴ・アット・
フルハム・タウン・ホール』
チャーリー・ワッツ・オーケストラ
(1986年発表)

 このオーケストラのピックアップ・メンバーであるUKジャズのトップ・プレイヤーで構成されたジャズ・コンボは、サックスとトランペットの2管編成で、90年代からずっと同じメンバーで活動を続けてきました。チャーリーはグラフィック・デザイナーとして仕事をしていたこともあって、64年にチャーリー・パーカーの生涯を描いた絵本「オードゥ・トゥ・ア・ハイフライング・バード」を出版しているのですが、この本に基づいた曲を演奏した『フロム・ワン・チャーリー』というアルバムが最初の作品となります。次作『トリビュート・トゥ・チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』では、ストーンズのコーラスに参加したシンガー、バーナード・ファウラーによる絵本の朗読も行われ、YouTubeでは彼の歌うジャズ・スタンダード・ナンバーを見ることもできます。クールにスウィングするチャーリーのドラミング、特にブラシ・ワークに注目してください。メンバーもそれぞれ素晴らしい演奏を披露しています。

『フロム・ワン・チャーリー』
チャーリー・ワッツ・クインテット
1991年発表

『トリビュート・トゥ・チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』
チャーリー・ワッツ・クインテット
1992年発表

 2000年には、ジム・ケルトナーと共同で20世紀を代表するジャズ・ドラマーを称えるためのトリビュート作『チャーリー・ワッツ・ジム・ケルトナー・プロジェクト』を制作。これは以前コラムでも取り上げたので、そちらを参照してください。シェリー・マン、アート・ブレイキー、ケニー・クラーク……と、ドラマー名がタイトルされ、テクノやワールド・ミュージックの手法を用いた興味深い作品でした。

『チャーリー・ワッツ・ジム・ケルトナー・プロジェクト』
チャーリー・ワッツ
2000年発表

 04年には、ロンドンでのチャーリー・ワッツ&テンテットのライヴ盤『Watts At Scott’s』をリリース。05年、ストーンズのツアー・メンバー、サックスのティム・リースのジャズ・ストーンズ・カヴァー・アルバム『ザ・ローリング・ストーンズ・プロジェクト』に、キース・リチャーズ、ジョン・スコフィールド、ノラ・ジョーンズらと共に参加。17年にはデンマークのザ・ダニッシュ・ラジオ・ビッグ・バンドと共演した『チャーリー・ワッツ・ミーツ・ザ・ダニッシュ・ラジオ・ビッグ・バンド~ライヴ・アット・ザ・ダニッシュ・ラジオ・コンサート・ホール、コペンハーゲン 2010』がリリースされ、この中でジム・ケルトナーとのプロジェクトで取り上げたエルヴィン・ジョーンズへのトリビュート曲を演奏しています。ここでもブラシでの演奏が多いですね。

『ワッツ・アット・スコッツ』
チャーリー・ワッツ
&テンテット
2004年発表
『ザ・ローリング・ストーンズ・プロジェクト』
ティム・リース
2005年発表
『チャーリー・ワッツ・ミーツ・ザ・ダニッシュ・ラジオ・ビッグ・バンド~ライヴ・アット・ザ・ダニッシュ・ラジオ・コンサート・ホール、コペンハーゲン 2010』
チャーリー・ワッツ・ミーツ・ザ・ダニッシュ・ラジオ・ビッグ・バンド
2017年発表

 意外と思えるかもしれませんが、最高のR&Rドラマーの胸にくすぶり続けた、ジャズへの淡い憧れという炎を覗いてみてください。彼の人生が素晴らしくスタイリッシュで素敵なものだったかをぜひ感じていただきたいと思います。

Past Column

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◎Profile
よしがきやすひろ:関西のジャズ・シーンを中心にドラマーとしての活動を始める。モダンチョキチョキズ、渋さ知らズなどのバンドに参加後上京。民族音楽/パーカッションなどなどにも精通し、幅広いプレイ・スタイルで活躍している。菊地成孔やUA、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルなど数多くのアーティストと共演し、自身のバンドであるOrquesta Libre、Vincent Atmicus、Orquesta Nudge!Nudge!をはじめ、ROVOや大友良英ニュー・ジャズ・クインテットなどでも活動している。ジャンルやスタイル、国籍などを取り払い、ボーダレスに音楽を紹介するレーベル=Glamorousを主宰している。

◎Information
芳垣安洋 HP Twitter