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Column – 芳垣安洋のドラム・ノーベル賞! ♯3

  • Text:Yasuhiro Yoshigaki

【第182回】ピアニスト、キース・ティペット追悼

DISCOGRAPHY



『In The Wake Of Poseidon』 『Lizard』
King Crimson King Crimson
   
『You Are Here,I Am There』 『Dedicade To You , But You Weren’t Listening』
Keith Tippett Group Keith Tippett Group
   
『Septober Energy』
Centipede

キース・ティペットの訃報が伝わってきました。とは言っても読者のほとんどの方が、“ん、誰それ?”といった反応なのでしょうね。

キース・ティペットは、UKプログ・ロックの雄、キング・クリムゾンの長い歴史の中で、唯一の鍵盤楽器、それもピアノ奏者として、ゲストという扱いでありながらもバンドの音楽面の中心を担う存在として活動しました。クリムゾンとの活動以外にも、UKジャズとUKロックの間、そしてアフリカ音楽との架け橋にもなり、イギリスのジャズ、即興、前衛芸術のエリアで、さまざまなハプニングを起こしてきた巨匠です。

まず彼の名前が最初に日本に伝わってきた、キング・クリムゾンとの活動のことを書いておきます。キング・クリムゾンは、ギタリストのロバート・フリップの強いリーダーシップのもとに継続してきたバンドという印象が強いと思いますが、実際にそのような形になったのは81年のバンド再結成以降。それまではバンドを自分の思い通りにしたいフリップの思惑とメンバーとの確執、フリップが信頼してバンドの方向性を委ねていたメンバーのエゴなどが原因で、短いスパンで幾度となくメンバー・チェンジを繰り返し、録音物に関しては理不尽な演奏差し替えなども行われてきたのです。音楽的にはレコーディングのたび、その中心的な役割を担うミュージシャンがいて、フリップはその上でイニシアチブを取ろうとしてきたので、そこに摩擦が生まれたのでしょう。彼は圧倒的な演奏能力もある才能溢れた音楽家ですので、ただ単に自分のわがままでバンドを牛耳ろうとしたわけではないと思うのですが、音楽的才能と同じくらい支配欲や自己顕示欲も強かったのだろうと思います。ただ、音楽家にはこういった要素もある程度は必要なことなのかもしれません。外に向かって自分の存在をアピールしなければ、いくら素晴らしい才能を持っていても、世の中には伝わりません。世に出るということは、セルフ・プロデュース力とも関係がありますよね。

話を戻します。第1期キング・クリムゾンの音楽的中心は、実はドラマーのマイケル・ジャイルスとサックスと鍵盤のイアン・マクドナルドでした。フリップはそれまでやっていたジャイルス兄弟とのバンド、ジャイルス・ジャイルス&フリップに、作曲能力に長けたマクドナルドを加え、ヴォーカリストとしてグレッグ・レイクを起用、彼がベースも上手かったのでピーター・ジャイルズをメンバーから外してしまい、自己のバンドにして『クリムゾン・キングの宮殿』を発表、バンド名をキング・クリムゾンにしました。

そんな経緯から、フリップ以外のメンバーはすぐに脱退してしまい、その時期に2作目を録音せざるを得なくなりました。そこで、譜面に強いジャイルス兄弟に頭を下げ、エマーソン, レイク&パーマー結成のためにバンドをやめてしまったレイクに数曲ヴォーカルを頼み、といった状態での制作になってしまったのが『ポセイドンのめざめ』だったのです。 そこで前作との差別化を図り、ゲストに呼ばれたのがキース・ティペットでした。マクドナルドの影響が残ったまま、前作と似た楽曲が占める中でも、R&R/ブルース・テイストの力強い「PICTURES OF A CITY」「CAT FOOD」という傑作も生まれました。前作とは少し違うテイストの、ジャイルスの素晴らしいドラムも聴けます。「CAT FOOD」ではキースのピアノが大々的にフィーチャーされて、アルバムの中の一押しの曲としてTVにも出演したようです。

その後、フリップは再度メンバー・チェンジして3作目の『リザード』の制作に取りかかります。管楽器のアンサンブルやフリージャズ的な即興パートを多く盛込み、メロディアスなヴォーカルとの対比を図ったこの作品のため、フリップは再度キース・ティペットの力を借りることになりました。キースは自分のバンドのメンバーを引き連れて録音に参加したのですが、あくまでゲスト扱いで、さらにメンバー間の確執でバンドとしてはまったく活動できなかった模様。クリムゾンはこんな状態を繰り返しながら74年に解散、90年代の再結成まで活動停止になります。とは言え、6年ほどの中で7枚もの、今も色褪せない問題作、ミュージシャンの素晴らしい演奏を残したのは特筆モノではあります。

『リザード』の中のタイトル曲は、独特なハーモニーの管楽器のアンサンブルと即興演奏が交錯するスタイルですが、キースは自身の作品の中でもこういったスタイルのものを多く残しています。70年の『You Are Here, I Am There』は3管編成の美しいハーモニーとモード・ジャズ的な要素が混ざり合い、カーラ・ブレイやチャーリー・ヘイデンなどに比肩するサウンドです。翌年に出た『Dedicade To You, But You Weren’t Listening』はベースやドラムが複数の編成になり、アイソトープというバンドで有名になるギターのゲイリー・ボイルや、ソフト・マシーンのドラマーであるロバート・ワイアットらが加わり、ジャズ・ロック、プログレ、即興などの要素をごちゃ混ぜにしたユニークなサウンドへと変化しています。

UKジャズはジャズ・ロック的なビートでの表現が60年代からよく見られ、アメリカのジャズに比べてロックや民族音楽エリアの人脈との共演や交流、ジャンルや国境的に越境するミュージシャンが多く見られる気がします。キースが70年代に主催した50人もの人数のビッグ・バンド=センティピードは、イギリスのジャズやクラシック界、ソフト・マシーン、キング・クリムゾンなどのメンバーに加え、南アフリカのジャズ・ミュージシャンなども参加したとてつもないアンサンブルでした。現代音楽とジャズやロックを混ぜ合わせ、組曲的にどんどんサウンドを変化させ、リズムと和音がウネる様をコントロールするという方法だったようです。映像もあるのですが、ちょっと“渋さ知らズ”っぽくもありました。

キースは、70年代から亡くなる本年まで精力的に活動を続け、さまざまなセッションへの参加以外に、20枚以上のソロ・アルバム、50枚を越える連名作、細君のジュリー・ティペットとのユニットなどの多くの自己の作品を残しています。日本では手に入りにくいのですが、見つけたらチェックしてみてください。映像では2011年に、マイケル・ジャイルズのバンド=Mad Bandへのゲスト参加したものもちょっとした見ものです。

今回は、UKジャズとプログ・ロックの架け橋、キース・ティペットの作品のお話でした。

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【第180回】ビル・ウィザーズ


※これ以前のコラムは、誌面版のリズム&ドラム・マガジンにてご確認ください。

◎Profile
よしがきやすひろ:関西のジャズ・シーンを中心にドラマーとしての活動を始める。モダンチョキチョキズ、渋さ知らズなどのバンドに参加後上京。民族音楽/パーカッションなどなどにも精通し、幅広いプレイ・スタイルで活躍している。菊地成孔やUA、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルなど数多くのアーティストと共演し、自身のバンドであるOrquesta Libre、Vincent Atmicus、Orquesta Nudge!Nudge!をはじめ、ROVOや大友良英ニュー・ジャズ・クインテットなどでも活動している。ジャンルやスタイル、国籍などを取り払い、ボーダレスに音楽を紹介するレーベル=Glamorousを主宰している。

◎Information
芳垣安洋 HP Twitter