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サイモン・フィリップス×影丸【前編】|ソロの美学と音作りの極意
- Translation&Interpretation:Tomohiro Moriya
- Photo:Akito Tagekawa/Special Thanks:Blue Note Tokyo
50年以上のキャリアを誇るレジェンド・ドラマー、サイモン・フィリップスと、彼を敬愛する-真天地開闢集団-ジグザグのドラマー=影丸 -kagemaru-によるスペシャル対談が実現! まずは前編として、「ソロは1つの楽曲」と語るサイモン独自のドラム哲学を軸に、個性的なサウンドの秘訣や、オープン・ハンド奏法習得の試行錯誤などを深掘り。憧れのドラマーを前にした影丸の率直な問いに、サイモンが自身の経験を交えながら答える、濃密な内容となった。
ドラム・ソロも1つの“作曲”
影丸:最新作『Protocol 6』を聴かせていただいたのですが、とてもスリリングでドラマチックな作品で、サイモンさんのプレイに感動しました。サイモンさんのプレイにはロジカルな部分と、野生的なワイルドな部分を感じますが、その辺りは自然に出るものなんでしょうか? 特にドラム・ソロでは、テクニックと音楽性をどのように両立させているのでしょうか?
サイモン:最初の質問について短く答えてしまうと、基本的にはイエスだ(笑)。その次のテクニックとソロ全体をどうバランスさせるかという話だけど、僕はソロというのは1つの”作曲”だと思っている。そしてそれはみんなに覚えておいて欲しいことなんだ。サックス、ピアノ、ベース、ギターのどの楽器であってもソロというのは、曲の中に存在するもう1つの”楽曲”なんだ。
80年代に自分がソロをプレイしている映像を見返すことがあるけど、本当にくだらないことばかりやっている。でも若い頃はそれで構わないんだ。自分のスタイルを見つけなきゃいけない時期だからね。年齢を重ねて長くプレイを続けるとプレイは変化していくし、若い頃に大事だと思っていたことも変わっていく。18、19歳の頃の僕は世界一速いツーバス・ドラマーになりたかった。そして実際かなり速く叩けるようになったけど、その頃にはもう目標が変わっていて、興味は次の段階へ移っていた。僕にとって音楽性は昔から何よりも大切なもので、曲は楽器を目立たせるための乗り物じゃない。プレイヤーは曲のためにプレイすべきだ。その考え方は60〜70年代に父とプレイしていた頃や、70年代前半に数多くのセッションで、「もっとシンプルにプレイしろ!」と言われ続けた経験から身についたものだと思う。
引きの美学というかソロにも
ストーリーを持たせる重要性に気づいた……影丸
影丸:やはり経験から学んだことなんですね。自分は今までソロが回ってくると、ここぞとばかりに叩きまくっていましたが、ようやく最近になって引きの美学というか、ソロにもストーリーを持たせる重要性に気づいてきました。
サイモン:もう1つソロについて言えば、あるときから自分のプレイに飽きてしまったんだ。自分の音を聴くのが退屈になってね。だからもっと音楽的な意味で、自分が別の誰かになったようなプレイをしようと考えるようになった。さっきも1970年頃のソニー・ペインの映像を見ていたんだけど、彼のソロは本当に素晴らしい。ビッグ・バンド時代だから観客を沸かせるような派手な場面も多いけれど、ソロ全体を通してずっとグルーヴが流れているんだ。僕もそういうソロが好きだ。固有のタイム感や流れがあって、楽曲としての構成がある。ソロには必ず構成が必要なんだ。
影丸:だからサイモンさんのドラム・ソロは、いつもとても音楽的に聴こえるんですね。
サイモン:ありがとう。それなら僕の目標は達成できているということだね(笑)!
サウンドへのこだわりと
オリジナリティの追求

影丸:僕自身もまさにそこを目指したいと思っていますし、課題にも感じています。バンドの活動と並行してセッション・ドラマーとしてプレイする機会も増えてきているのですが、自分にはそこがまだ足りない部分だと感じています。
サイモン:僕が大切にしていることの1つはサウンド、すなわちドラム・キットそのもののサウンドだ。ドラム・ソロを始めるとき、実は何を叩くか決めていないことが多い。「さて、何をやろうかな」と思いながらとりあえずタムを一発叩いてみて、その音が部屋の中でどう響くかを聴いて、「よし、このサウンドから発展させてみよう」と感じるんだ。多くのソロはそうやって純粋にサウンドから生まれていて、ドラム・キットが音楽的にチューニングされていることもすごく重要なんだ。
最近のドラム・キットの音を聴くと、“どうしてみんなこんなサウンドなんだろう?”と思うことがある。どれも似たようなものばかりで、とても画一的に聴こえてしまう。僕は自分のサウンドを持っているドラマーが大好きなんだ。トニー・ウィリアムスもレニー・ホワイトも、偉大なドラマーはプレイを聴けばすぐ誰だかわかる。それはプレイだけじゃなく、ドラムそのもののサウンドにも個性があるからなんだ。でも最近の若いドラマーには、その部分が少し失われているように感じる。もちろん彼らのテクニックは本当に驚異的で、“僕にもそんなことができたらなぁ……”と思うくらいだ。でもその先にある音楽性を僕はいつも求めているし、何よりも自分だけのサウンドをもっと大切にして欲しいと思っているんだ。
「君のドラムはロンドンのどのドラマーとも違う
そのまま絶対に変えるな」と言われて
“このまま突き進もう”と思えた……サイモン
影丸:確かに今は、完成した音源を聴いても、誰がドラムを叩いているのかがわからないことがありますよね。でもサイモンさんは長いキャリアの中で、時代やアーティストごとにサウンドは変化していても、“これはサイモン・フィリップスだ!”とわかる個性が必ずありました。プロデューサーやエンジニアから「チューニングを変えて欲しい」、「ドラム・セットごと替えて欲しい」と言われて、自分らしさを消すよう求められることがあるという話もよく聞きます。求められることに応えることも大切ですが、それは今の音楽シーンの1つの問題なのではないかと思うことがあります。サイモンさんはどうやって自分らしいサウンドを貫いてきたのでしょうか?
サイモン:僕がセッションをメインでやっていた1975〜76年頃は、どうしたらドラムをグッドなサウンドでレコーディングできるのかをずっと考えていたんだ。スタジオごとにさまざまなことを試していたよ。当時はタム専用のマイクなんてなくて、オーバーヘッド2本に、バス・ドラムとスネア用が1本ずつ、ハイハットには立っていないことさえあった。つまりドラム・セット全体をほとんどオーバーヘッドだけでレコーディングしていたんだ。
僕はそういう環境でエンジニアリングも学んだから、今でもサウンド作りの基本はオーバーヘッドのマイクにある。BBCでレコーディングを始めた頃なんて、まだモノラルだったからね。1/4インチのテープ、1トラック、スピーカー1台、マイク1本だよ。だから自分でキット全体のバランスを取るようにプレイしなければならなかった。しかもヘッドホンすらなかったんだ。クレイジーな話だろう(笑)? 1971年に父との最初のセッションをやってから何年もの間、BBCでは父もヘッドホンを着けたことがなかった。まぁBBCが特殊だったっていうところもあるよね。
その後レコードを作るための他のスタジオではヘッドホンを使うようになったけど、それでもドラムはほぼ1本のマイクでレコーディングしていた。レコードがステレオで作られるにも関わらずだよ。だから僕はタムの音をしっかり前に出したくて、チューニングを高めにしてミュートはせずにタムがより大きく鳴るように工夫していたんだ。当時はファンクのようなシンプルな音楽が多かったから、マイクにしっかり乗るようプレイ自体もそれに併せていた。当時エンジニアから「君のドラムは鳴り過ぎる」と言われたこともあったけど、「ドラムなんだから鳴るに決まっているだろう?」って返していたよ(笑)。もちろんエンジニアと衝突することもあったけど、逆に「このタムの音は最高だ!」と言ってくれる人もいた。
それについてよく覚えていることがあるんだ。1976年だったかな? BAロビンソンというソングライターがスタジオで僕のところへ来て、「君のドラムはロンドンのどのドラマーとも違うサウンドだ。そのまま絶対に変えるな。本当にファンタスティックだ」と言ってくれたんだ。その頃はスネアのチューニングを巡ってエンジニアやプロデューサーといつも闘っていたから、その言葉を聞いて、“よし、このまま突き進もう。次のセッションでも通用するといいな“と思えた。僕のサウンドができた背景にはそんな経緯があって、何よりも僕はタムという楽器が大好きなんだ。
空間と周波数を意識した
アンサンブルのテクニック

影丸:以前、サイモンさんはタム回しの際にはバス・ドラムを踏まないという記事を読んだことがあります。それもタムをより響かせるため工夫なのでしょうか?
サイモン:イエス! その理由はスピーカーが一度に再生できる情報量には限界があるからなんだ。ローの成分の多いフロア・タムとバス・ドラムを同時に鳴らすと、位相もぶつかって酷いサウンドになってしまう。タム回しの間もずっとキックを踏み続けるドラマーは多いけど、あれはあまり魅力的なサウンドだとは思わない。だからあえてバス・ドラムを踏まないプレイを考えるようになった。その方が音楽の中にスペースが生まれるからね。もちろん前提としてグルーヴは保たれていなければならないし、タムだけでもグルーヴを感じさせなければならない。それが一番大事なんだ。そうしておけばバンド全体がサビで入ってきたときにもサウンドがとても綺麗に広がるし、「バス・ドラムがない!」とは感じないはずだよ。
僕はスネアを叩く瞬間、
バス・ドラムは少し軽めに踏んでいる
2拍目と4拍目はスネアを前に出したいからね
……サイモン
影丸:僕のバンドにはかなりラウドな楽曲もあるのですが、ツアー中にバス・ドラムを踏まずタムだけを叩いて、より目立たせてみたことがありました。そうしたら自分でも驚くくらいその方が良く聴こえました。
サイモン:本当にその通りだよ! タムが響くためのスペースが生まれるからね。それはストレートなロックのグルーヴでも言えることなんだ。僕はスネアを叩く瞬間、バス・ドラムは少し軽めに踏んでいる。1拍目と3拍目はバス・ドラムをしっかり出すけど、2拍目と4拍目はスネアを前に出したいからね。両方を同じ強さで鳴らすとぶつかってしまうんだ。スピーカー・システムが再生できる情報量には限界がある。スネアにはたくさんの周波数成分が含まれているし、バス・ドラムには低域だけじゃなく高域成分も含まれている。だからスネアがしっかりヌケるための余地を作ってあげることが大切なんだ。本当に微妙な違いだけど、それがグルーヴも良くしてくれる。これはマスタークラスやクリニックでも必ず話していることで、グッドなフィーリングを作る上でとても重要な考え方なんだ。
オープン・ハンド奏法の修得
その試行錯誤と新たな挑戦の意欲

影丸:サウンド、グルーヴの作り方について、深いお話をうかがえて本当にうれしいです。テクニック面についてもお聞きしたいことがあります。僕はオープン・ハンドでプレイすることに強く憧れた時期がありました。サイモンさんは右利きなのにオープン・ハンドでプレイされていますよね? 僕も挑戦してみたのですが、元々右利きで、ずっとクロス・ハンドで叩いてきたのでどうしても違和感が消えなくて、結局クロス・ハンドに戻ってしまいました。サイモンさんはオープン・ハンドに変えた当初から、今のようにスムーズに叩けていたのでしょうか? それとも苦労した時期があったのでしょうか?
サイモン:もちろん苦労したよ。あれは僕にとって自分を作り直すような時期だった。1974年に初めてビリー・コブハムを見たけど、それまで彼があんな叩き方をしているなんて知らなかった。当時はあんなプレイをしている人なんていなかったからね。“何てクールなんだ! 僕もあんな風に叩きたい!”と思った。それが最初のきっかけだった。同時にドラム・セットもどんどん大きくなってきて、クロス・ハンドではキット全体を使いこなすのが難しいことにも気づき始めていた。それにクロス・ハンドだとどうしても猫背になりやすくて、母にはいつも「背筋を伸ばしなさい」と言われていたけど、クロス・ハンドではピシッと姿勢を保つのは結構難しかった。
1975年の半ばに僕のバンドは終わり、再びセッションの仕事に戻った。当時はディスコの仕事が多くて、比較的シンプルなプレイばかりだった。その頃家ではドラム・キットじゃなくてソファの肘掛けを叩いて練習していたんだ(笑)。練習パッドを使うと、左右の手で同じ音が出ないことがよくわかる。スティックの重さも微妙に違うし、手そのものの音色も違うからね。だから右手で叩いた音をよく聴き、それを左手でもまったく同じように出せるように何度も練習した。そして左手でリードしながら、右手でゴースト・ノートを入れることにも慣れていった。実はそこが一番大変だったところじゃないかな。
サイモンさんも試行錯誤して、身につけた
それを聞いてまたやる気が湧いてきた……影丸
影丸:なるほど。
サイモン:そしてセッションではハイハットを低くして、そのままオープン・ハンドで叩き始めて、“絶対にこれを自分のものにしてやる!”と決めたんだ。ライド・シンバルは右側に残していたから、もし困ったらいつでも元の叩き方に戻れるようにはしていた。それが始まりだった。それに見た目もすごくカッコ良くて気に入っていたんだ。当時このスタイルでプレイしていたのはビリー・コブハム、レニー・ホワイト、そして僕くらいだったと思う。カーター・ビューフォードはもっと下の世代だから、その後に出てきたんだ。今ではもう何も考えなくても自然に叩ける。もちろん今でも右利きだし、利き足も右足のままだよ。こういう叩き方でやっている人ってほとんどいないんじゃないかな? 普通の右利きのセッティングでプレイする方が、むしろ不自然なくらいなんだ。クロス・ハンドでできることもあるけれど、今のスタイルの方がずっとシックリくるんだよ。
影丸:サイモンさんも試行錯誤して身につけたという話を聞いて、またやる気が湧いてきました。僕もまたオープン・ハンドで頑張っていきたいと思います!