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1974年に結成され、日本のプログレッシヴ・ロックの草分け的存在として知られるKENSOが、2027年8月7日(土)に川崎クラブチッタにて最後のライヴを行うことが明らかになった。バンドの中心人物である清水義央(g)が自身のブログで発表したもの(こちら)。
名手が歴任したドラムの座
KENSOはロックをベースに、クラシックやジャズ、民族音楽といったさまざまなジャンルの要素を採り入れた音楽を、高い演奏技術で表現するバンドとしても知られ、ドラムも名うての名手がその座を歴任してきた。
1980年の1stアルバム『KENSO』でドラムをプレイしていたのは山本治彦。のちに山本はるきち名義でLOOKにキーボード奏者として参加し、一世を風靡する人物である。『KENSO』制作時には山本は東京音楽大学作曲科の学生であり、本人は“お手伝い”として参加したそうだが、彼の高い演奏技術と音楽的な造詣の深さに驚嘆した清水が、正式にバンドに誘い込んだようだ。
山本は1989年の4thアルバム『スパルタ』まで参加し、LOOKに専念することに。後任に抜擢されたのが当時、東京芸大打楽器科在籍中の村石雅行だった。当時のキーボード奏者で東京芸術大学出身の佐橋俊彦の紹介だったそうだが、当の村石は「プログレなんて聴いたことなかった」(本誌1991年12月号)そうであり、最初はあまり興味がなかったようだが、続けていくうちに「一番重要な部分」と感じるようになり、「自分を高めていく上で、すごく勉強になるし、やっていて楽しい」(同)と語っている。
ちなみに、『スパルタ』には村石の演奏もフィーチャーされている。これは山本とスケジュールがうまく調整できない状況でアルバムの制作が続く中、バンドは村石と出会い、そのドラミングに魅せられた清水が、いくつかの楽曲のドラムを村石の演奏に差し替えてしまったのだそうだ。
KENSO以外でもさまざまな場面で演奏していた村石もまた次第に多忙を極めるようになり、村石の代役として白羽の矢が立ったのが小森啓資だった。KENSOとは彼がSENSE OF WONDERでプレイしていた90年代初頭から交流があったそうだ。2003年にライヴで代役を務めた小森は、翌年から正式メンバーとして迎え入れられている。彼はKENSOについて「KENSOのメンバーは音楽に対して純粋なので、ものすごく触発されるし、勉強にもなる」(本誌2006年12月号)と語っている。
さて、駆け足で歴代のドラマーを紹介したが、果たして、最後のライヴはどのようなものとなるのか? 歴代ドラマーの集結を期待しつつ、最後の日を待ちたい。
なお、最終ライヴに関する詳細は2027年2月に発表される予定だ。