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【試し読み】デビュー45周年記念|角松敏生を巡るドラマーたち〜後編〜 沼澤、玉田、真央樹らが紡いだ角松サウンド──そしてスティーヴ・ガッド
- Text:Seiji Murata
※本記事は有料会員限定記事「角松敏生を巡るドラマーたち 後編 」の“試し読み版”です。本ページでは横浜アリーナで行われた、45周年公演を支えた山本真央樹氏に関するパートの一部に編集を加えて、無料公開しています。全文(こちら)は有料会員(月額990円/いつでも解約可能)登録後にお読みいただけます。
山本真央樹|
角松バンドの現在を担うメイン・ドラマー

(玉田豊夢の後任として抜擢された)92年生まれの山本真央樹。BOWWOW/VOWWOWのギタリストとして日本のハード・ロック・シーンをリードしてきた山本恭司の二世である真央樹のように、親の影響で早くから70〜80年代の音楽を洋邦を問わず聴いて育ってきた世代が、いよいよ音楽制作の現場で活躍する時代になったという証でもあるだろう。真央樹自身への取材で、子供の頃によく聴いていたのは、角松がプロデュースした青木智仁の『DOUBLE FACE』(89年)だと語っていたが、そんな頃から角松とつながっていたのかと、要らぬ想像もしてしまう。
35周年ライヴで実現した3世代のトリプル・ドラム
真央樹は、ライヴ初参加となった“Close out 2014 & Ring in The New Session”以降、角松バンドのメイン・ドラマーとして現在も活躍しているが、本稿的なトピックとしては、16年の角松35th Anniversary Liveでの、ポンタ、玉田、山本のトリプル・ドラムだろう。「OSHI-TAO-SHITAI」で、オリジナルをレコーディングしたポンタによるドラム・ブレイク、“ドバラド・ウパッ”を3人でユニゾンする場面などは、トリハダものであった。(中略)このトリプル・ドラムで真央樹が白玉のキメの間を埋めていく場面に、ポンタがまさにリードしてきたフュージョン・ドラミングの往年のテクニックを感じずにはいられない。
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前編はこちら|初期の角松サウンドを支えたドラマーたち


角松敏生を巡るドラマーたち
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