プランのご案内
  • SPECIAL

    UP

    【有料会員限定】デビュー45周年記念|角松敏生を巡るドラマーたち〜後編〜 沼澤、玉田、真央樹らが紡いだ角松サウンド──そしてスティーヴ・ガッド

    • Text:Seiji Murata

    6月27日にデビュー45周年記念公演を大成功のうちに終えた角松敏生。アニバーサリーを記念し、その活動を支えてきたドラマーたちを振り返る本特集。前編では、村上“ポンタ”秀一や江口信夫をはじめ、デビュー期から角松サウンドの礎を築いたドラマーを取り上げた。後編では、活動凍結を経て迎えた”解凍”以降に焦点を当て、沼澤 尚、玉田豊夢、山本真央樹らへと受け継がれてきたグルーヴの系譜、さらにはスティーヴ・ガッドとの邂逅まで、その歩みを辿る。

    初期の角松サウンドを支えたドラマーを振り返る前編はこちら

    凍結は終わりではなく次なるステップアップ

    92年のアルバム『君をこえる日』、そして翌年1月27日の武道館公演をもって、角松敏生はアーティスト活動を5年間“凍結”した。しかしそれは、即“ストップ”を意味するわけではなく、まさに次なるステップアップへの模索期間だったと言える。まず、自身が創設したプライヴェート・レーベル“オーン(Om)”から、角松バンドには不可欠なギタリスト、浅野“ブッチャー”祥之を中心に結成されたバンド、“空と海と風と…”の2枚のアルバムをリリース、そのプロデュースや編曲、プログラミング、コーラスを担当したが、このバンドのドラマーは、ギター・インスト作『SHE IS A LADY』(87年)で「SEA LINE」や「SUNSET OF MICRO BEACH」に参加していた土肥 晃、現・堂本憙告だ。

    土肥 晃|“空と海と風と…”で描かれた新たな景色

    日野元彦や石松 元に師事し、21歳で佐藤允彦トリオに参加した後は、渡辺香津美や秋山一将らギタリストの他、阿川泰子や中本マリなどジャズ/フュージョンのフィールドの他、バックバンドとしても野口五郎や杏里、Hi-Fi Set、槇原敬之らをサポートしてきた土肥のヴァーサタイルなドラミングは、シンコペ爽快/メロウの上記2曲はもちろん、ツイン・ギターによるロック・フュージョンで“空と海と風と”というバンド名そのままの、さまざまな情景を想起させるサウンドにもベストマッチしている。  

    『SHE IS A LADY』

    沼澤 尚|
    “解凍後”の角松サウンドを象徴するグルーヴ

    そして、もう1つ、角松が“凍結”期間中にプロデューシングの他、“長万部太郎”という変名でのソングライティングでも注力したのが、スタジオ・ワークで意気投合したスタジオ・ミュージシャンたちと結成した覆面ユニット“AGHARTA(アガルタ)”だ。そのドラマーこそが、当時日米を股にかけて活動し、あの『ADLIB』誌の人気投票で国内ドラマー部門・1位を獲得し(その後も、し続け)ていた沼澤 尚であり、98年の“解凍”後〜00年代前半の角松を、その躍動感に溢れた揺るぎないグルーヴで、ライヴ/レコーディング共に支えていくことなる。

    2001年11月号/対談全文を読む→こちら

    初出の『TIME TUNNEL』(99年)から、「SHIBUYA」でのアタマ打ちのステディなドライヴ感に角松の新章を感じさせるが、続く『INCARNATIO』(02年)や『Summer 4 Rhythm』(03年)などで、ステディでありながらドライヴするダンサブルでファンクな“時代を象徴するグルーヴ”が、角松の解凍後の方向性と並走するように“完成”していったかのようだ。『INCARNATIO』では「IZUMO」での7+7+8+8という変拍子構成も、『Summer 4 Rhythm』オープニングを飾る「BEAMS」での超タイトなシンコペーションも、永遠にこの波に乗っていたいと思わせる沼澤らしいグルーヴ。一方、ミッド〜スロー・テンポで、ステディさの中に描くストーリー性とサウンドメイクもまた特筆しておきたい。

    『TIME TUNNEL』に刻まれた
    山木秀夫とポンタの特筆すべき名演

    特筆しておきたいついでに、『TIME TUNNEL』では、表題曲の“TIME TUNNEL”というネーミングをそのまま体現しているような、時空をグイグイとステップオーバーしてくる山木秀夫のドラミング、そして、95年阪神・淡路大震災の被災者のために書かれたという「崩壊の前日」での村上“ポンタ”秀一の、息を飲むような情景の描き方に加え、4拍目のみバック・ビートをタムに落としながら徐々にビルドアップしていく展開の妙など、実に素晴らしいプレイが聴ける。

    ダブル・ドラムが生んだ新章

    この『TIME TUNNEL』を引っさげたツアーでは、凍結前の主要ドラマーでもあり、同作にも参加している江口信夫をメインに、終盤には沼澤が合流してダブル・ドラムとなり、その後、沼澤は、同年の“AGHARTA”のツアーに帯同している。この時期に発表された沼澤のリーダー・アルバム『THE WINGS OF TIME』(99年)には、角松&アガルタ・メンバーによる、ボ・ディドリー・ビートを核としたお祭り曲「YEMAYA’」が収録されたり、01年に迎えた角松の20周年のライヴでは、村上“ポンタ”秀一とのダブル・ドラムでアニバーサリーを盛り上げた。

    スティーヴ・ガッド|
    理想のドラマーとの邂逅

    Photo:Taichi Nishimaki

    この記事の前編でも触れた通り、古くは89年『Reasons for Thousand Lovers』で「Moonlight Tokyo Bay」に、そして00年にリリースされたアルバム『存在の証明』では「愛と修羅」、「浜辺の歌」に参加し、特に「浜辺〜」では、ラタマキューを使ったシグネチャー・フレーズを連発したスティーヴ・ガッドが、06年『Prayer』で、満を持して全面的と言える参加を果たす。

    『Prayer』

    “いつもドラマーを決めてから曲を書き、デモを作るときにはそのドラマーになりきってパターンを打ち込む”という角松だが、本作でも、ガッドのループ集を使って、フィルまですべて切り貼りしてパターンを構築したという。それが如実に表れたのが2曲目「Movin’」だ。イントロからインワード・パラディドルを基に構築した16グルーヴは、ドラマーであっても拍の取り方を一瞬見失いそうだが、その後のサビで聴き手を一気に解放するためのレトリックでもあると感じる。

    2007年3月号/対談全文を読む→こちら

    そして、このアルバムを引っさげたツアーの最終日には、ガッド本人のゲスト出演が実現。“ゲスト”ではあるが、オープニングから江口とのダブル・ドラムで全編を叩き抜いた(その模様は、映像作品『Performance 2006 “Player’s Prayer”SPECIAL 2006.12.16.NAKANO SUNPLAZA』をぜひ)。

    玉田豊夢|
    世代交代がもたらした新たな角松サウンド

    Photo:Eiji Kikuchi

    『Prayer』のラストには、“Special track of remembrance”と特筆され、03年11月15日の横浜アリーナ公演での「初恋」が収録されているが(ポンタ+青木のリズム体が絶品!)、これはPrayerツアー直前に急逝した青木智仁への、まさに“祈り”だった。さらに翌07年には、こちらもバンドの屋台骨を支えてきたギターの浅野“ブッチャー”祥之までもが急逝。メンバーチェンジを余儀なくされた形となったが、ここで新生・角松バンドのドラマーに抜擢されたのが玉田豊夢だ。年齢差にすると15歳ほど。これだけ世代の離れたドラマーは初だと思うが、09年リリースの『NO TURNS』への初参加の理由は、角松自身が若手を抜擢したかったことと、これまた角松バンドを長年支えてきたキーボディストである小林信吾や、森 俊之の両プロデューサーからの推薦だったという。

    玉田が表紙を飾った本誌14年4月号でのアンケートで、角松は玉田について「音楽の社会学的・歴史学的側面をしっかり理解していて、過去・現在を通じて、どの時代のどんなドラムが求められているのかを即座に理解、反応し、演奏できる知識と技術がある」と語る。まさに、角松が起用したこの頃から現在も、膨大なアーティストに請われ続けている玉田を端的に示した言葉と言えるし、『NO TURNS』、そして続く『Citylights Dandy』(10年)にも、歌とまさに“同体”になった、そして、80’s角松のきらびやかさに00年代のリアルな質感を加味したプレイの数々が収められている。  

    『NO TURNS』
    『Citylights Dandy』

    『THE MOMENT』で到達したプログレッシブな世界

    その方向性とは趣向を変えた、ある意味、角松の“わがまま”な欲求を実現したと言えるのが、14年のアルバム『THE MOMENT』ではないだろうか。もともとイエスや四人囃子など70’sプログレッシヴ・ロックに傾倒していたこともある角松が、その幅広い音楽性を“プログレという型”で表現したとも言える型破りなアルバムだ。特に、22分におよぶ大作「The Moment of 4.6 Billion Years〜46億年の刹那〜」は、結婚を経て子を授かった角松が抱いた、生命と地球の歴史を結びつけたイメージから創られた6パートから成る組曲で、レコーディングされる前にライヴで披露されていたという。ファストなスリップ・ビートから、2拍3連のテンポチェンジとキメキメのユニゾンを挟みつつのメロウ・パート、そして玉田シグネチャーのフィルインを経て6拍子のジャングル・ビートへ、さらにゴスペル・クワイヤ・パート、そして再びのファスト・ビート……と、めくるめく20分超のストーリーを的確に紡ぐ玉田のプレイは必聴だ。

    『THE MOMENT』

    玉田はライヴでも、10年の“Citylights Dandy”ツアーから参加し、11年6月に横浜アリーナで行われた30th Anniversary Liveでは、江口と玉田のダブル・ドラムが実現。もちろん14年“THE MOMENT”ツアーでも「46億年〜」を含めて熱演を続けていたわけだが、先の角松のアンケートには続きがあり、玉田へのメッセージで……「人気出すぎ〜〜スケジュールなかなか取れなくなっちゃったじゃんか!」と綴っていることからも想像できるように、このあとドラマーが交代。そこで抜擢されたのが、さらに年齢の離れた92年生まれの山本真央樹だ。

    山本真央樹|
    角松バンドの現在を担うメイン・ドラマー

    BOWWOW/VOWWOWのギタリストとして日本のハード・ロック・シーンをリードしてきた山本恭司の二世である真央樹のように、親の影響で早くから70〜80年代の音楽を洋邦を問わず聴いて育ってきた世代が、いよいよ音楽制作の現場で活躍する時代になったという証でもあるだろう。真央樹自身への取材で、子供の頃によく聴いていたのは、角松がプロデュースした青木智仁の『DOUBLE FACE』(89年)だと語っていたが、そんな頃から角松とつながっていたのかと、要らぬ想像もしてしまう。

    35周年ライヴで実現した3世代のトリプル・ドラム

    真央樹は、ライヴ初参加となった“Close out 2014 & Ring in The New Session”以降、角松バンドのメイン・ドラマーとして現在も活躍しているが、本稿的なトピックとしては、16年の角松35th Anniversary Liveでの、ポンタ、玉田、山本のトリプル・ドラムだろう。「OSHI-TAO-SHITAI」で、オリジナルをレコーディングしたポンタによるドラム・ブレイク“ドバラド・ウパッ”を3人でユニゾンする場面などは、トリハダものであった。

    このフレーズについてポンタは、「そこは青木と“ドバラドウパッ!!”みたいなフレーズを入れたいってことで、ユニゾンで毎回同じフレーズをやってるんだ。このフレーズ、“ドバラドウパッ!!”って(最後のパッを)シャープにやったら面白くないの。“ドバラドウベェ”みたいにやっておいて、その後の“ンパッパッパッ!!”(のシンコペのキメ)でスピード感を出すわけ。そこがこの曲の1つの醍醐味でもあるよね」と語っていた。同曲は、そんなシャープなシンコペーションが印象的な一方、実はいろんな空白があり、そこをどう演技するかが3者3様だったことも興味深い。これについてもポンタは、「俺はその空白、埋めたくないんだ。玉ちゃん(玉田)とか真央樹は埋めるのがすごくうまいんだよ。でも“隙間を空けっぱなしでやってみたら面白いんじゃない?”って言ったんだけど、実際にやってみると意外と難しかったみたい。この曲の(オリジナルの)エンディングなんてスッカスカでやってるからね。普通だったら“ババァ〜ン!!”っていうキメの前なんて絶対埋めるけど、あえて埋めないのがいいんだよ」と語っていたが、このトリプル・ドラムで真央樹が白玉のキメの間を埋めていく場面に、ポンタがまさにリードしてきたフュージョン・ドラミングの往年のテクニックを感じずにはいられない。  

    真央樹と伊吹文裕
    ダブル・キャストで描く新たな角松サウンド

    “コンテンポラリー・アーバン・ミュージック”シリーズの第一弾として発表された『MAGIC HOUR〜Lovers at Dusk』では、真央樹と共に伊吹文裕も参加。伊吹は、親の影響で小学生の頃から地元・帯広で角松敏生のツアーを観ることが家族の恒例行事で、当時のメイン・ドラマーだった沼澤に憧れ、そのプレイを追いかけていたという。そんな少年時代を過ごしたドラマーが、約20年の時を経て角松のレコーディングとステージに参加することになったのは、世代の継承という意味でも象徴的な出来事だ。

    2024年10月号/鼎談全文を読む→こちら

    『MAGIC HOUR』。本作を聴くと個人的には、真央樹が叩いた「Power of Nightfall」は、イントロからギター・カッティング上でドラム・フレーズがどんどんビルドアップしていくことでメイン・イントロへとバトンタッチする「YOKOHAMA Twilight Time」を想起させるし、伊吹が叩いた「Magic Hour」の絶妙なハネ方や2Aで小節をハミ出す“ウッパンパン”が「City Lights」を想起させるなど、何周も回って1stアルバムへの、ある意味での“回帰”のようなものを、“ドラムからも”感じてしまったのだ。

    リリース資料にも「70〜80年代のフレイバーをまとった曲たちを、角松指揮のもと、彼と同年代の、そして若く素晴らしい才能を加えた、それぞれ宮大工のような職人ミュージシャンが構築した」というコピーが躍っていて、大いなる納得感に包まれた。そのボトムには、当時のJ-AORのきらびやかさを放ちながら、時代を何週も巡って磨かれてきたドラミング・テクニックや曲の把握力という音楽的素養を確かに帯びた山本、伊吹のプレイが、もはや“当たり前”のように投入されている。

    角松敏生を巡るドラマーたち
    DM Special Archive