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    【芳垣安洋のドラム・ノーベル賞!第191回】ハービー・ハンコック 〜ファンクとジャズの共存における変革〜 Vol.2

    • Text:Yasuhiro Yoshigaki

    【第191回】ハービー・ハンコック 〜ファンクとジャズの共存における変革〜 Vol.2

    前章【第190回】ハービー・ハンコック 〜ファンクとジャズの共存における変革〜はこちらから!

    さて、いよいよ本題に入ります。73年に発表された歴史的名盤と言われる『Head Hunters(ヘッドハンターズ)』から始めましょう。

    以前のバンド、ムワンディシでジャズとアフリカ音楽とファンクとの融合を思考錯誤したハービー・ハンコックは、さらにポップに大衆性の強いダンス・ミュージックへとどんどん傾倒していきます。マイルス・デイヴィスと同様に、ジェームス・ブラウンやスライの影響を大きく前面に出して新しい形のバンド、レコーディングを進めました。マイルスは最終的にはジミ・ヘンドリックスとの共演を計画していたように、ギター・サウンド中心のバンド編成へと変化して行ったのに対して、ハンコックは最初はキーボードでギター的な役割まで担おうとしていたようで、初期のヘッドハンターズにはギタリストは参加していません。

    『Head Hunters』を聴いてもらうとまず驚くのがこの役割分担ですね。1曲目の「Chameleon」は大きく3つのパートに分かれています。最初と最後は少し跳ねたファンク・ビートのワン・グルーヴのテーマなのですが、ここはかなり長くゆったりと同じパターンの反復で聞き手を揺さぶることを目的に作られています。ここではベース・ラインはハンコックがベース・シンセで弾いてスタートします。そこに次に入ってくるのがハーヴィ・メイソンのドラム。そして次に、ポール・ジャクソンが高域で弾く、まるでギターのように聴こえるリズム・パターンです。さらにハンコックが弾くギターのコードカッティングのように聴こえるパターンが加わり音の厚みを増していきます。しばらくして出てくるテーマのメロディもサックスの多重録音にキーボードやエフェクターを被せていて、これらはスタジオでの録音だからできる作業なのですが、基本のベーシックのリズムはやはり同時に“せーの”と一発で撮られたものだと思われ、素晴らしいグルーヴが延々とつづきます。しばらく後に、リー・リトナーのグループやマリーナ・ショウの『Who Is This Bitch, Anyway?』などで軽快なリズムと細かい音符を使ったテクニックを印象付けるドラマー、ハーヴィ・メイソンですが、この「Chameleon」のテーマのパートではハイハットやシンバルの刻みも4分音符のダウン・ビートを強く出し、独特の跳ねたニュアンスを持ったファンク・ビートを叩いています。この感じは2曲目の「Watermelon Man」のゆったりとした16ビートにも共通していて、ハーヴィ・メイソンのアフリカ的、ファンク的なテイストを知る一番いいアルバムであることは間違いないと思います。

    「Chameleon」の真ん中のパートは、ハンコックの特徴的な、エレクトリック・ピアノ、フェンダー・ローズ、ストリングス、などをフィーチャーして美しいサウンドの中でのちょっとリリカルなソロを聴かせる、といったコーナーです。ここでは細かく刻む、ぐいぐいと迫ってくるベースとジャズ・サンバ的なニュアンスも含んだ、スネアの刻みを見事に取り入れたドラミングも聴けます。このパートの中から後半にかけて出てくる、オークランド・ストローク的なリズム(タワー・オブ・パワーのドラマー、デヴィッド・ガリバルディの叩いた4分音符の刻みとラテン・リズムのソンゴのようなシンコペーションのアクセントがあるファンク・ビート)はこれ以降のジャズ・フュージョンのステイルにも影響を与えていると思いますね。

    もう1人、リズムを作る重要なパートにいるのが、パーカッショニストのビル・サマーズです。彼はコンガがメインの楽器で、90年代以降のパーカッショニストのように多くの打楽器を並べて要塞のようなセットを組むようなタイプではありません。曲の多くでのサックスやキーボードのソロのバックではコンガを叩きますが、時々シェケレやタンバリンを非常にシンプルに効果的にグルーヴの中に持ち込んで色づけをします。「Watermelon Man」、そして4曲目「Vein Melter」の中でのクラシック・パーカッション的なタンバリンや3曲目の「Sly」のサックス・ソロ・パートでのシェケレの存在感を聴いてもらうとよくわかるのではないでしょうか。「Vein Melter」ではドラムも1拍目にハイハット・オープンを入れ、2拍目にスネア・ロールをするという変わったリズムの曲なので、いわゆるポップス的なアプローチとは違った要素を曲に注入しようと思ったのかもしれません。

    このアルバムは、ハンコックがディープなジャズ・ファンクを作って世の中に送り出した歴史的な作品だと書きました。“ファンク”というキーワードも重要なのですが、アルバム全体を通した独特な世界観も感じてほしいと思います。前の曲のエンディングと各曲の導入部分のサウンドの変化や展開の仕方を聴くと、きっと面白いものが聴こえてくると思います。ダークなニュアンスも含んだ1曲目が終わると、中央アフリカのピグミー族の使う声と笛のアンサンブルのようなループが始まり、それまでの雰囲気から一気に明るくプリミティブな世界へと移動することができますね。このループの中から意外にも始まるのが「Watermelon Man」。前回に紹介したハンコック初期のジャズ色の強い演奏とはかなり違う色彩感ですよね。より、スイカ売りのおじさんのかけ声をイメージすることができると思いませんか?

    もともとはレコードだったので、ここで裏面に返して針を落とすと、いきなりのキメの多いイケイケの曲へとまた世界が変わっていきます。そして最後の曲は、小節のアタマだけのタイコの音から始まり、ベースやバス・クラリネットがかぶさってくる導入部から始まります。なんとも不思議な世界観でつながったアルバムですね。今はCDやサブスクリプションで聴く人が多いので、この感じが伝わるかどうかわかりませんが、ただ単に並んでいるだけでもアルバムの多様性がよく伝わってきます。

    『Head Hunters』は、ファンクに影響されたものの、ワン・コードでワン・グルーヴだけで押し切るのではなく、いろんなパーツを組み合わせて変化をつけることも考えて作られた作品だと思います。この路線で、ドラマーがハーヴィ・メイソンからマイク・クラークに変わり、バンドがさらにタイトに密になり、次作『Thrust』へと移っていきます。この続きはまた次回に。

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    ◎Profile
    よしがきやすひろ:関西のジャズ・シーンを中心にドラマーとしての活動を始める。モダンチョキチョキズ、渋さ知らズなどのバンドに参加後上京。民族音楽/パーカッションなどなどにも精通し、幅広いプレイ・スタイルで活躍している。菊地成孔やUA、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルなど数多くのアーティストと共演し、自身のバンドであるOrquesta Libre、Vincent Atmicus、Orquesta Nudge!Nudge!をはじめ、ROVOや大友良英ニュー・ジャズ・クインテットなどでも活動している。ジャンルやスタイル、国籍などを取り払い、ボーダレスに音楽を紹介するレーベル=Glamorousを主宰している。

    ◎Information
    芳垣安洋 HP Twitter