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    【芳垣安洋のドラム・ノーベル賞!第188回】“BB&A”ベーシスト、ティム・ボガート追悼

    • Text:Yasuhiro Yoshigaki

    【第188回】“BB&A”ベーシスト、ティム・ボガート追悼

    またもやアイドル的なミュージシャンが亡くなってしまいました。ベーシストのティム・ボガート氏です。70年代の“BB&A(ベック・ボガート&アピス)”での伝説的な演奏は、クラシック・ロック・マニア以外にも多くの方が耳にしたのではないでしょうか。今回はティム・ボガートさんの偉業を巡り、彼とスーパー・タッグを組んでいたドラマー、カーマイン・アピスさんの演奏を聴き直してみたいと思います。

    ティム・ボガート氏はアメリカNY出身で高校時代のバンド活動の中、キーボード奏者のマーク・スタインと出会いバンドを組むことになります。ブルー・アイズド・ソウルの有名バンド、“ラスカルズ”に影響を受け、オルガン中心のファンキーなサウンドを目指し、ドラムにカーマイン・アピスを迎えてからバンドが一体感を増すようになり、アルバム製作を始めます。その際にバンド名を“ヴァニラ・ファッジ”と改名し、67年にファースト・アルバム『キープ・ミー・ハンギング・オン(Vanilla Fudge)』を発表しました。当時の有名曲のカヴァーが多く収められているこのアルバムはかなりのヒットをします。

    このアルバムのタイトル曲「キープ・ミー・ハンギング・オン」は、もともとはモータウンのシュープリームスのヒット曲で、軽快なテンポの曲でしたが、サイケでプログレ色の強い、組曲風のアレンジを施し、ゆったりとしたテンポで歌い上げられました。シュープリームスのバージョンは3分ほどでしたが、優に7分を超えるテイクはこの時代にしては思い切ったアレンジでした。ビートルズの「ヘイ・ジュード」も7分を超えていたのですが、こういった長尺の曲は当時はかなりめずらしかったのです。このアルバムのバージョンを編集し、3分ほどにまとめたシングル・カット(当事は44.5回転のドーナツ盤と呼ばれるシングル・レコードで、片面に3分半ほどの曲しか収められませんでした)が、ビルボードのヒット・チャートの6位になり、一気にバンドが有名になりました。

    メンバーがビートルズのファンだったこともあり、「チケット・トゥ・ライド」、「エリナ・リグビー」などのカヴァー曲も収められています。どの曲も原曲と大きくテンポ感を変え、ゆったりとヴォーカルとコーラスを聴かせ、オルガンの音の洪水のような圧を、時には高音でギターのようにリフを弾きながらもぐいぐいとドライヴするベース、荒々しく大胆で転がるようなカーマイン・アピスのドラムが縦横に暴れまくります。アレンジはやはりプログレ組曲的なところがあり、今聴いてもかなりアヴァンギャルドな展開にも聴こえます。この傾向は2枚目のアルバムでさらに大きくなり、アルバムを通して組曲風に出来上がっていて、イギリスのキース・エマーソンがEL&P以前に率いていたナイスなどのプログレ・バンドに比肩するような存在とも思えます。そこらへんの面白さとアピス氏のドラムの素晴らしさをまとめてヴァニラ・ファッジの2枚目『The Beat Goes On』の1曲目から5曲目あたりまでを続けて聴いてもらえるといいかもしれませんね。

    数年経って、ロック・バンドにありがちなバンド内不協和音が聞こえるようになった頃、ボガートとアピスはジェフ・ベックからの誘いを受け、共にバンドを作るためにヴァニラ・ファッジを脱けることになり、それがきっかけでバンドは一旦解散ということになってしまいます。しかしこの直後、ジェフ・ベックが交通事故に遭い、演奏不能になってしまいます。バンドは解散し、行くあてもなくなり、宙ぶらりんな状態のボガート&アピスは、それならばと結成したのが“カクタス”というブルース/ブギ色の強いロック・バンドです。

    カクタスはヴァニラ・ファッジからは一転して、アップテンボのドライヴする8ビートや、早い2ビート的なリズムなどが多く、ダイナミックでエッジが立ったアピスのドラムが見事にグレードアップし、花開いたように思います。とにかく70年のアルバム『Cactus』を聞いてみてください。まずは1曲目のブギ曲の「Parchman Farm」。シャッフル・ナンバー「Bro.Bill」。ファンキーでダイナミクスが変化する「You Can’t Judge a Book By the Cover」。圧倒的なドライブ感と2バスの効いた「Feel so Good」。ここで披露するドラム・ソロは圧巻ですね。

    どの曲でもハイハットのオープン&クローズや、シンバルのヒット後に手でミュートし音を止める奏法を多用しています。また6連符を使ったフィルインや跳ねるリズム、2バスを組み込んだリズム・パターンなど、70年代初頭のロック・ドラミングの中では革新的なプレイだったと思います。この頃のアピス氏はラディックのドラム・キットを使っていて、オープンなタムとドコドコしたバス・ドラムの音が特徴的で相当な刺激を与えたと思います。イギリスのジンジャー・ベイカー氏に対抗するアメリカ代表格のドラミングと言ってもいいでしょう。

    そうそう、このリズム・セクションのもう1つすごいところは、この演奏を歌いながらやっていることです。ヴァニラ・ファッジの頃はコーラスを担当していましたが、それも見事にハーモニーをつけていましたし、カクタスではこの2人がリード・ヴォーカルの中心となっています。この形は、次に結成されるBB&A(ベック・ボガート&アピス)にも踏襲されていますが、その演奏と歌のバランスにも驚かされますね。

    またも2年ほどでバンドはややこしいことになり、事故から完全復活したジェフ・ベックからの誘いがあった2人はすかさずバンドを脱退、新バンドを結成に向かいます。こうして72年にできたのが、BB&A(ベック・ボガート&アピス)です。このバンドは当時まさにスーパー・バンドとして世界中の注目を集めたのですが、『Beck, Bogert, Appice』というスタジオ録音と日本公演を収めた『BB&A Live』のみの2作品しかリリースされていないのが残念です。

    このバンド結成時にはジェフ・ベックがスティーヴィー・ワンダーのレコーディングに参加していたことから、スティーヴィーの「迷信(Superstition)」という曲の演奏許諾をもらうことができ、その演奏が実にカッコ良く、かなりヒットしたことが記憶にあります。今、スタジオ盤を聴き返してみるとと、これは歌モノのロック・バンドとして出来上がっている作品で、もちろんベックのギター・ソロは素晴らしいのですが、ボガート&アピスが音楽のほとんどを担っていると言っても過言ではない、そう思えるくらいのものとして存在しているように感じます。この2人がいなかったら、この音楽を作ることはできなかったと思います。演奏だけでなく曲と歌の素晴らしさを再認識しました。

    このバンド以降、ベック氏はインスト・ロックへシフトチェンジして、バンドで歌モノをやらなくなってしまいますね。

    BB&Aにおけるアピス氏の演奏に関しては、以前のコラムでいろいろと書いたものがありますので、アーカイヴをぜひ読んでいただければと思います。今回は素敵な曲を紹介するのにとどめておきます。 

    それから、68年のヴァニラ・ファッジ、73年のBB&Aの動画がYouTubeに上がっているので、こちらもぜひご覧ください。特にヴァニラ・ファッジのアピスさんの演奏時のシンバルのミュート、スティック回し、コーラスしながらのドラミングは見ものですよ。

    ということで、今回はティム・ボガート氏への追悼として“ボガート&アピス”にドラム・ノーベルを。

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    ◎Profile
    よしがきやすひろ:関西のジャズ・シーンを中心にドラマーとしての活動を始める。モダンチョキチョキズ、渋さ知らズなどのバンドに参加後上京。民族音楽/パーカッションなどなどにも精通し、幅広いプレイ・スタイルで活躍している。菊地成孔やUA、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルなど数多くのアーティストと共演し、自身のバンドであるOrquesta Libre、Vincent Atmicus、Orquesta Nudge!Nudge!をはじめ、ROVOや大友良英ニュー・ジャズ・クインテットなどでも活動している。ジャンルやスタイル、国籍などを取り払い、ボーダレスに音楽を紹介するレーベル=Glamorousを主宰している。

    ◎Information
    芳垣安洋 HP Twitter