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    高橋幸宏生誕記念|稀代の”グルーヴ・デザイナー”が本誌に遺した言葉【アーカイブ】

    • Text:Isao Nishimoto

    6月6日は、2023年にこの世を去った高橋幸宏氏の誕生日。高校生の頃からプロ活動を始め、サディスティック・ミカ・バンドやイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の活動で世界的な評価を獲得した幸宏氏は、ひと声で彼とわかるヴォーカリストであり、作詞/作曲やプロデュースも手がける才人であり、多くの共演者から“誰にも替えがきかない”と尊ばれるドラマーだった。そんな幸宏氏がドラム・マガジンに遺したインタビューは以下のとおり。全文はサブスク読み放題サービスで読むことができる。2023年4月号&7月号に掲載した追悼特集も併せてご覧いただきたい。

    ドラマーとしての姿に幅広く迫った創刊号

    1982年10月号(No.1)

    ドラムって、どんな音楽をやるときでも
    攻撃的な方がカッコいいと思う

    ○練習はよくしますか?
    高橋:練習はしないので有名。ドラムを叩くのは、カッコよくやるってことがボクの基本だったから、カッコいいドラマーの真似をしていたな。それが練習にはなったと思う。ヴァニラ・ファッジのカーマイン・アピスはよくコピーした。プロコル・ハルムの知的さも好きだったよ。
    サディスティック・ミカ・バンドの頃、バンドが一時フュージョン方面へ行っちゃったのね。そのとき、僕のドラムがみんなとタイミングが合わないわけ。リズムのとり方が違うみたいで。機械と一緒にやるようになってからは、本当に楽になった。機械の方が合うんだ。機械に刻まれていくというより、むしろ前に行く方がいい。前に前に攻撃的に突っ込んだ方が絶対にいい。ドラムって、どんな音楽をやるときでも、攻撃的な方がカッコいいと思う。
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    【Note】今から44年前、創刊号の巻頭を飾ったインタビュー。4作目のソロ・アルバム『WHAT, ME WORRY? ボク、大丈夫!!』のリリースに合わせた取材だが、ドラマーとしての来歴や、練習に対する考え方、楽器やチューニングの話題など、幅広いトピックについて聞いている。ロンドンのレコーディング・スタジオでシングル・ヘッド・タムのセットを叩く幸宏氏の写真は、当時の読者に向けてドラム専門誌の誕生を高らかに宣言するインパクトがあった。

    “練習より恋愛が大切”の名言が誕生

    1983年10月号(No.4)

    叩き方はシンプルに、よりタイトに
    よりアグレッシヴに、それが一番カッコいいよ

    ●どうしてもできないフレーズがあると何日間も練習する人もいますよね
    高橋
    :そういうのもあるよ、僕だって。
    じゃあ練習するわけ
    高橋: ううん、ぜんぜんやらない(笑)。あきらめちゃうの。その代わり自分のスタイルにそっくりで、しかもインパクトのあるドラマーをイギリスから捜してくるの。去年はジャパンのスティーブ・ジャンセン。彼は僕のドラムをコピーさせるとソックリなんだ(笑)。
    今年はABCのデビッド・パーマーがやる。彼らは僕のレコード全部持ってて、曲はみんな知ってるわけ。だからコピーしたほうがいいんだ。僕の知ってる日本人のドラマーの中じゃ、コンピュータと一緒にリズム・キープできる人いないの。とにかくドラムは、遅くなったり速くなったりしないことですよ。そして叩き方は、シンプルに、よりタイトに、よりアグレッシブに、それが一番カッコいいよ。
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    【Note】表記は“高橋ユキヒロ”だが、5作目のソロ・アルバム『薔薇色の明日』リリース後のインタビュー。こちらもアルバムに焦点を絞るのではなく、ドラマーとしての考え方や活動全般について尋ねた内容で、後に有名になった“練習よりも恋愛が大切”という名言はここで生まれた。このときはYMO散開前の最後となるオリジナル・アルバム『サーヴィス』を制作中だったが、まだ散開は発表されておらず、“来年は外国だけでやろうと思ってる”と話している。

    ソロ活動の節目に実現した表紙&特集

    1986年1月号(No.13)

    スティーヴとは世代が違うのに、何かあるんですよ
    性格は違いますけど、音楽的にやりやすい

    ●同じドラマーでもあるスティーブ・ジャンセンと、コンビを組む理由をうかがいたいんですが。
    高橋
    :12インチ・シングルを一緒にレコーディングする予定ですね。ステージ以外でも、一緒に何かやろうと、かねがね思ってはいたんですよ。ドラマーとしてだけじゃなく、音楽家としてね、面白い感覚を持っているし。日本でもこないだ出た『ワールド・イン・ア・ルーム』、大した出来じゃなかったけど、彼が1曲歌ってたやつに、なかなか興味深いものがあって。今譲り合ってる最中なんですよ、『いや、お前歌えよ』って(笑)。
    ●ステージで何度か一緒にやってきて、共通する点は…。
    高橋
    :ありますね。世代が違うのに、何かあるんですよ。好みかな? 性格は違いますけど……向こうは、青空見て涙するタイプじゃない。もっとドライだから。でも音楽的にやりやすい、
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    【Note】幸宏氏を敬愛し、生涯の友人でもあったスティーヴ・ジャンセンと2人で表紙を飾ったドラム・マガジン第13号。ムーンライダーズの鈴木慶一と共に設立したT・E・N・Tレーベルがスタートし、アルバム『Once A Fool,…』でソロの方向性も変化した時期で、活動年表とフレーズ分析を含む“スーパー・ドラマー研究”と題した全8ページの特集を展開している。この後リリースされたスティーヴとのコラボ・シングル「STAY CLOSE」にも言及。

    集大成的アルバムに寄せる幸宏氏らしい言葉

    1989年1月号(No.25)

    『E・G・O』の部分では自我を100%出してますが
    バンドっていうものは、尊重し合いやぶつかり合いですからね

    ●ソロ・アルバムとツアー、ミカ・バンドのレコーディングとライブ、他にもプロデューサーと、幸宏氏は多忙だ。いったいどこで切りかえているのだろうか。
    高橋
    :特に切りかえて考えません。『E・G・O』の部分では自我を100%出してますが、バンドっていうものは、尊重し合いやぶつかり合いですからね。プロデュースっていうのも、やっぱり客観性が出てくる。これが正しいという答えがあったとしたら、それをやったほうがいいかどうか判断する。それがプロデューサーの仕事ですよね。実際、やらない方がいい場合もあるわけですから。自分の(アルバム)だと、どうしてもそれに近づけたくなっちゃう。仮定して、これって決めたら、それに近づける作業だけになりますね。客観的には見れない。わがままになるし。今回は特にそうでした。
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    【Note】東芝EMI(当時)への移籍第1弾アルバム『E・G・O』リリースに合わせたインタビュー。桐島かれんを迎えたサディスティック・ミカ・バンド再結成がアナウンスされたタイミングでもあり、話題は多岐に渡っている。“自分を含めた音楽シーンに不満がある”、“音楽的な煮つまりは世界的な問題”など、重いムードが漂うアルバムと共鳴するシニカルな発言も見られるが、それでも“集大成的アルバム”と力強く語る幸宏氏の言葉が印象に残る。

    ファンの記憶にも残る青木達之氏との対談

    1995年7月号

    自分を客観的に見ているところがある
    この点が僕と青木くんの似ているところだと思う

    ●「スタイル」という言葉から連想するんですが、幸宏さんと青木さんのドラミングや在り方、雰囲気自体がすごくスタイリッシュですよね。その点を意識しますか?
    高橋
    :ドラムに限らないんですけど、ハングリーな人っているじゃないですか、主張の強い人。僕はそういう人って、個人的に苦手ですね。そういう人の方が表にバーンと出てきてわかりやすいんだろうけど、僕にはどこかにそういうことに対する照れがあってね、自分を客観的に見ているところがある。この点がたぶん僕と青木くんの似ているところだと思うんですよ。俺、俺、俺という感じじゃないっていうところというか。でも実は、本当はこうじゃなきゃイヤだという主張はちゃんとあってね。その微妙なバランスが、今後の彼の人生を決めていくんだろうと思うけど(笑)。
    ●主張することに対する照れ……?
    高橋
    :主張しなきゃいけないんですけどね、音楽っていうのは。それをどうやってするか、ですよね。意識的であるには、多少シニカルな視点というのが必要ですよ。
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    【Note】幸宏氏2度目となる表紙への登場は、東京スカパラダイスオーケストラの初代ドラマー青木達之氏との対談インタビューと共に実現。当時は、コラボ曲「WATERMELON」や竹中直人『メルシィ・ボク』など、幸宏氏とスカパラの共演作が続いたほか、幸宏氏のソロ・ライヴで青木氏がドラマーに起用されるなど、特に距離が近い時期だった(ドラムのセッティングも似ていた)。空の上で再会した2人は、今ごろどんな話をしているのだろう。

    初の単独表紙号ではドラムの話をたっぷりと

    2013年8月号

    いくら手足が速く動いても、キック、スネア、ハイハットの3つで
    タイムをキープして、グルーヴできないんだったら
    ドラマーとしてダメだと思います

    ●アルバムの全曲を聴いて、キックとスネアでグルーヴが完成している印象を受けたのですが、キック、スネア、ハイハットの3点のバランスについてどのように考えていますか?
    高橋
    :バランスはやっていく中で自然に身についたものだと思います。最近は耳のハイがちょっと落ちてきたので、耳というより、勘になるのかな。空気で聴こえているようなバランスで叩くのが一番良いのかなって思います。でも、その3つが基本だと思いますよ。いくら手足が速く動いても、その3つでタイムをキープして、グルーヴできないんだったらドラマーとしてダメだと思います。
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    【Note】前回の本誌登場から18年。初の単独表紙を飾ったのは、バンド・サウンドをコンセプトに掲げて久しぶりに全編で生ドラムを叩いたソロ・アルバム『LIFE ANEW』リリース時のこと。記事も過去最大規模の全15ページで、ドラムについてたっぷり語ったロング・インタビューに加えて、2000年以降の参加作品総覧やフレーズ分析、当時の使用キットTAMA Superstar Hyper-Driveの撮り下ろし写真など、ボリューム満点の内容となっている。

    夢のトリプル・ドラム実現を祝した鼎談

    2017年1月号

    あの時代はうまい人がウケなかった
    俺や林が70年代にやったことを
    参考にするっていう感じじゃなかった

    沼澤:僕もドラムをやるようになって感じるんですけど、2人が作ったオリジナルを発展させたドラマーが日本にはいないんですよ。アメリカだと、誰かが登場すると、それに影響を受けて発展させるドラマーが出てくるんですけど、なぜか日本にはいない。
    高橋:林は多分、80年代のニュー・ウェイヴを通過していないよね? あの時代はうまい人がウケなかったんだよ。せいぜいスチュワート・コープランドが評価されたくらい。“ヘタウマ的”なプレイが主流だったから、僕や林が70年代にやったことを参考にするっていう感じじゃなかったと思うんだよね。ちょっとうまいドラマーは、当時はメタル系に行ってたしね。そのへんは全然わからない。昔ロンドンのスタジオで、髪の長い小柄な人が寄ってきて挨拶されたので、僕も挨拶したんだけど、「あの人、誰?」って周りに聞いたら、「コージー・パウエルですよ!」って(笑)。
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    【Note】林 立夫と沼澤 尚が中心となって2015年に立ち上げた、60~70年代の洋楽カヴァー・プロジェクト“AFTER SCHOOL HANGOUT”。そのヴォーカリストに幸宏氏が迎えられ、複数回のパフォーマンスを経てトリプル・ドラムが披露されることになったライヴに向けての鼎談企画である。沼澤がインタビュアーとして2人に話を聞くというスタイルで、10代からのつき合いである林と幸宏氏の長い歴史について前のめりで聞きまくる熱量が凄まじい。

    ソロ最終作のヴォーカルとドラムについて語る

    2019年1月号

    叩いて歌ったりする人の中で
    僕が圧倒的にすごいなと思ってたのはザ・バンド

    ●当時はまだヴォーカリストっていう意識はあまり芽生えてなかったとおっしゃいましたが、自分がドラムをプレイして、そこに自分の歌を乗せるわけじゃないですか。歌とドラムの関係で意識されたことはありましたか?
    高橋
    :それはもちろんある。例えばグループ・サウンズとかでも、当時だとザ・カーナビーツのアイ高野さんみたいに、叩いて歌ったりする人も何人かいたし。ただ、僕が圧倒的にすごいなと思ってたのはザ・バンドだね。リヴォン(ヘルム)のあの感じとか、これ叩きながら歌ってるの?っていうのは後で見てびっくりした。ああいう人達は他にいなかったね。当時の日本のレコーディングはやっぱりアメリカ追従型で、エンジニアはみんなマイクの立て方とかにすごくこだわってた時代。もちろん今もみんなこだわってるけど、イギリスに行くと、録った音をどう加工するかっていうのにすごくこだわってるってことがわかって。海外レコーディングをやる意味って、ほとんどそういうことだったのね。アメリカだと乾いた音で、楽器自体がよく鳴るんだけど、イギリスだとあまりそれに頼らないで、加工するっていう。
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    【Note】1stソロ・アルバム『サラヴァ!』のヴォーカルを再録音した2018年の『Saravah Saravah!』で自身のソロ・キャリアを締め括った幸宏氏。【“歌い手”が語るドラムの話】と題した特集の一環で同作について聞いたのが本誌最後のインタビューとなった。聞き手は、2012年から幸宏氏のドラム・テックを務めていた土田“つっちー”嘉範。オリジナルの『サラヴァ!』レコーディング時のエピソードを中心に、ドラマーとしてのルーツにも触れている。

    高橋幸宏追悼特集