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山口智史[RADWIMPS]✖️藤井進也 [慶應義塾大学 環境情報学部 准教授]

  • 撮影:八島 崇
  • 取材:リズム&ドラム・マガジン/編集:竹内伸一
研究を共にするメンバー。左から小嶺美月、山口智史、藤井進也、本田一暁、長瀬眞承。佐田静香、柏野牧夫(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー、柏野多様脳特別研究室長)も参画。

脳の変化には光と影がある
その影の部分がミュージジャンズ・ジストニア
そうなのではないかと考えられています(藤井)

●MDに関しては、まだまだわからないことが多いというところもやっぱり大きいと思うんですけど、現状でわかっていることについて、教えていただけますか?

藤井 現状でわかっていることは、音楽のトレーニングは、人間の脳を確かに大きく変化させる、ということです。実際に、ミュージシャンの脳を調べてみると、非音楽家と比べて違う脳の形や働きをしていることが、これまでの研究でわかっています。例えば音の情報を処理するときに重要な聴覚野(ちょうかくや)と呼ばれる脳の部位や、身体の感覚や運動の情報を司る感覚運動野(かんかくうんどうや)と呼ばれる脳の部位、右脳と左脳をつなぐ脳梁(のうりょう)と呼ばれる神経線維、大脳皮質から筋に運動指令を送る皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)、その他にも、小脳(しょうのう)や大脳基底核(だいのうきていかく)と呼ばれる脳の部位など、さまざまな脳の部位で、ミュージシャンならでは脳の形や働きがみられます。ミュージシャンってものすごく練習しますよね。それはものすごい時間をかけて、脳を少しずつ変えていくこととも言えます。叩けなかったフレーズが叩けるようになったり、手足のコンビネーションができるようになったりするのは、まぎれもなく、脳が運動を学習するから生じている現象です。周りの環境に応じて、変化する脳の性質は、“可塑性(かそせい)”と呼ばれます。脳に可塑性があるから、私達は演奏が上手になるんですけれど、脳が過度に変わりすぎると、場合によってはMDが生じてしまうのではないかと考えられています。

●なるほど。

藤井 ドラマーの脳は、本当にすごいことをしていると思います。そんなドラマーの脳に、光と影があるんです。光の部分は、素晴らしい演奏であり、音楽の感動です。たゆまぬ努力を積み重ねて、極限の領域まで脳を適応させたドラマーやミュージシャン達がいるからこそ、私達は音楽の素晴らしさを心に感じることができます。でもその影で、MDに苦しむドラマーやミュージシャンがいるのも事実です。大好きな音楽を演奏できない、しかも原因が何かよくわからない、どうしたら治るかわからないなんて、社会としておかしいじゃないですか。1人の音楽研究者として、何とかしないといけないとずっと思ってきました。でも、その理由を解き明かすために存在するはずの、音楽家の脳科学や身体科学の研究って、日本だと超マイナーなんですよ。海外だとこの20年間で急成長しているのに、日本だとまだまだで、やりきれない思いでいっぱいです。海外だと音楽と脳の研究所が当たり前にあったりするんですよ。日本でも作りたいじゃないですか、音楽サイエンス研究所。ドラマーのための脳と身体の研究所なんてあったら最高じゃないですか。そういう世界を作りたいと思って、慶應義塾大学で音楽神経科学ラボ/エクス・ミュージックラボという研究室を立ち上げました。今までは、アーティストとサイエンティストはあまり接点がなくて、別々に生きてきたと思うんです。でも今こそ、両者がツイン・ドラムして、良いグルーヴを奏でる時代にきているような気がしています。山口さんとの出会いによって、グルーヴがかみ合って何かが急速に進み始めたような、そんなワクワク感を覚えています。

●山口さんは藤井先生と一緒に研究するようになって、何か自分の中で新しい理解などはありましたか?

山口 日々あります。自分が感覚的に感じてきたことと、研究で明らかになったことを照らし合わせることで、“なるほど”と思うことがいろいろとありました。去年から慶應義塾大学とNTT コミュニケーション科学基礎研究所との共同研究を始めて、MDのドラマーが演奏しているときの筋電図や音波を計測する実験をスタートしたのですが、僕のデータも計測しました。そうしたら、今までなんとも言葉にすることが難しくて、他の人にどう伝えていいかわからなかった身体の違和感が、データで客観的に見れるようになりました。“何かおかしけど、気のせいかな”と感じたり、周りからも“気にしすぎだよ、大丈夫”と言われるんだけど、やっぱり何かそこにおかしなヤツがいるみたいな感覚がずっとあったんですけど、その自分にだけ見えていた幽霊の正体みたいなものが、研究者のみなさんと科学することではっきりと見えてきた、そういう手応えを感じています。

オンライン・ミーティングの様子

実験の様子(NTT コミュニケーション科学基礎研究所にて撮影)

山口さんがメディアに登場されるのは久しぶりということで、あらためて今の思いを聞かせてください。

山口 バンド活動を休養してからもう6年が経ったんですけど、正直ずっと音楽のことばっかりを考えられていたわけじゃなくて。本当に自分にとって音楽が何なんだろうっていうのがわからなくなっていたので、一回距離を置いて過ごしたい時期もあって、音楽とはまた別のことにチャレンジしたりもしていたんですよね。それはそれでいろんな気づきとか、やったことないことをやってみる楽しさがあって。次第に今までとはちょっと違う角度で音楽を捉えられるようになってきたというか、音楽ってやっぱすごいなっていうことを、素直に思えるようになっていったんですよね。あと、自分の歩んできた道のりをゆっくり振り返ったときに、本当に素晴らしい時間を過ごしてきたんだなって。MDになったことも、本当にその最中はめちゃくちゃ苦しかったし、何でこんなことが起きるんだろうっていう感じだったんですけど、でもそれを経験したからこそ出会えた感情とか、心との向き合い方、それをもっと理解したいという人間への興味みたいなものは、なったからこそ持つことができたことなのかなと思っていて。6年という時間があったおかげで、だんだんそういう風に、俯瞰して見れるようになっていきました。

MDのことも、最初は自分のことが精一杯っていう感覚だったんですけど、徐々にそれも全体的な現象として捉えるようになっていったときに、友人をはじめ、数多くのミュージシャンがMDを発症している現状に、率直に疑問を持つようになって。それを解明したいなと。自分の症状を理解することと、今、ミュージシャンの間で起きていることを理解することがイコールというか。そこに対してはすごく勝手な使命感みたいな、やらずにはいられない感覚があります。そして、その理解が深まっていった先に……やっぱり今一度自分にとっての音楽の可能性を広げて、再びRADWIMPSのメンバーと一緒に笑顔でステージに立ちたいと思っているんですよね。なので、この研究を通して切り開きたい未来っていうのはいくつもあるというか。いろんな願いを込めながら、これからも取り組んでいきたいと思っています。

ありがとうございます。最後にお二人から読者のみなさんにお願いがあるということで、お話いただけますか?

山口・藤井 はい、最後に1つ、読者のみなさんにお願いがあります。MDの解明に向けて、まずはドラマーの練習法や身体不調の実態を調べるために、アンケート・フォームを作りました。ドラマーは実際のところ、どんな風に練習をしていて、どんな身体の不調に悩んでいるのか、その実態をまず明らかにしたいと思っています。ここからドラマー研究のグルーヴがさらに広がっていけばと願っています。ぜひ、いろんな人にご協力いただけたらありがたいです。どうぞよろしくお願いします。

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ドラマーの練習法および身体不調に
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