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    【Interview】 重鎮ドラマー、ジョン“JR”ロビンソンが始動させた新たなトリオ=SRTの全貌に迫る!

    • Interpretation & Translation:Akira Sakamoto
    • Photo:Takashi Hoshino
    • Special Thanks:Billboard Live Tokyo
    • Interview & Text:Rhythm & Drums Magazine

    セッション・ドラマーとして数々の金字塔を打ち立ててきたジョン“JR”ロビンソンがトリオ編成の新バンド=SRTを結成! 完成したばかりの1stアルバム『Vanguards of Groove』を引っさげて来日し、自身のバンドだからこそのアグレッシヴなドラミングで日本のファンを魅了してくれた。ステージでは貴重なレクチャー映像も撮影させてくれたJRが、そのキャリアと音楽愛を注ぎ込むSRTについて語る!

    “ジョン・ロビンソン・バンド”にしたくない
    だからバンド名は3人のイニシャルにしたんだ

    ●SRTは昨年のDWの50周年記念イベントにも出演していましたが、あらためてバンド結成の経緯からお話しいただけますか?
    ジョン
     ご存知の通り、僕はルーファス&チャカ・カーンで活動していた。このバンドは1984に解散して、2001年にいったん再結成したという経緯がある。その後も僕はルーファス&チャカ・カーンを再結成したいという気持ちをずっと持ち続けて、10回くらい試みたけれど、結局うまく行かなかったんだ。パンデミックもその要因の1つだったと言えるだろうね。

    そんな中、今SRTのマネージャーをやってくれているブライアン・マッケンナがオマハでやっているクラブでミッチ・タウン(org)と出会ったとき、ルーファス&チャカ・カーンに似たバンドを組もうと考えた。それでミッチがアリソン・ナッシュという素晴らしいシンガーを含むメンバーを集めてくれて、ルーファスの曲の代わりに、マイケル・ジャクソンやライオネル・リッチー、ポインター・シスターズ、スティーヴ・ウィンウッドといった、僕が録音に参加したヒット曲を主に演奏した。

    2回のショウはソールド・アウトで、お土産もたくさんもらって、大成功を収めたんだ。それで、このバンドで活動を続ける資金繰りをどうするか考えたけれど、6、7人編成のバンドでペイできるようにするのはかなり難しかった。するとミッチが、トリオで活動したらどうかと言い出して、それは素晴らしいアイディアだと思ったわけ。

    僕は70年代にバークリー音楽大学に通っていた時期を含めて6年間ボストンに住んでいて、その頃にオルガン・トリオで何度も演奏していたからね。で、ミッチとフェイスタイムで曲のアイディアなんかについて相談を始めたけれど、3人目のメンバーがまだ決まっていなかった。そこで僕が知っているギター・プレイヤーのリストを調べて、ジェフ・ベックが良いと思ったんだけど……。

    ●何と!
    ジョン
     でも彼はもうこの世にいない。それで思いついたのがアンドリュー・シノウィックだった。彼と一緒に録音の仕事をしたことがあったし、エルトン・ジョンの「ロケット・マン」をライヴで一緒に演奏したこともあった。ブラッド・ピット主演の映画『Bullet Train』(2022年)のサウンドトラックも一緒に録音したんだ。

    彼はジョージ・ベンソンみたいなプレイも、ジェフ・ベックみたいなプレイもできる、まさにうってつけのメンバーだった。彼も快諾してくれて、3人で曲を作り始めた。これがSRTになったわけだけれど、僕らは演奏するごとに成長して、新しいアイディアもどんどん生まれている。仲間意識も強くなっているし、3人で作る三角形は4人で作る四角形よりも強力だと思うよ。

    ●音楽を通じた会話も、3人の方がしやすいでしょうね。
    ジョン
     それもあるし、ゲストとして4人目や5人目のプレイヤーを迎えることもできるしね。

    SRT(L→R):アンドリュー・シノウィック(g)、ジョン“JR”ロビンソン(d)、ミッチ・タウン(org)

    ●あなたはセッション・プレイヤーとして数多くの経験の持ち主なのは言うまでもないことですが、自分のバンドでの定期的な活動というのは、かなり久しぶりということになるわけですね?
    ジョン
     ああ。自分のバンドでの活動は何度か試みて、いくつか成功したものもあった。マイケル・トンプソンにボビー・ワトソン、モー・プレジャーとやっていたネイティヴ・サンも、日本ではレコードも売れたけれど、あれは10年ぐらい前のことだから、かなり久しぶりということになるね。でも、今回はパンデミックのあとなのが幸いしていると思う。パンデミックの間はみんな、ポジティヴな気持ちになれなかったからね。僕はできるだけポジティヴな姿勢でいようと思っていたけれど、最後になって感染してしまって、かなり体調が悪かった。でも、そのあとでポジティヴなことがたくさん起きたんだ。

    『The King Of Groove:the John JR Robinson Story』というタイトルの本もある伝記作家に書いてもらっていて、来年の春頃に出版される予定だし、このバンドも定期的な活動のために組んだもので、2枚目のアルバム制作も考えているところだしね。

    ●“シノウィック・ロビンソン・タウン”というバンド名からすると、あなたとしては自分のリーダー・バンドというよりもむしろ、コレクティヴ・グループという気持ちなんでしょうか?
    ジョン
     そう、民主的にやろうというのが、僕のアイディアだったからね。僕はグラミーをはじめとする大きな賞をもらっているし、最も多くのレコーディングに参加したドラマーかもしれない。でも、メンバーの2人には、このバンドを“ジョン・ロビンソン・バンド”という名前にはしたくないと言って、バンド名も3人のイニシャルにしたんだ。SRTという順番にしたのは、これが一番収まりが良かったからだよ。

    『Vanguards of Groove』
    Pヴァイン/PCD-26099 

    ●1stアルバム『Vanguards of Groove』では曲はどんなふうに作っていったんでしょうか?
    ジョン
     まず「Tal Shia」は僕のインスピレーションが元になっている。僕はオリジナル版の『Star Trek』が大好きで、オリジナル版のあるエピソードで、ロミュラン人の情報機関が出てくるんだけれど、その情報機関の名前が“タル・シャイア”と言うんだ。その物語の雰囲気を持った曲というアイディアをアンドリューに話したら、彼がこのワイルドなメロディを考えてくれて、それを元にして2人で仕上げたのがこの曲というわけ。

    アンドリューは「Burn That Bridge」と「Long Road」も書いてくれた。最初のシングルは「Tal Shia」、「Long Road」が次のシングルになる予定だよ。「Goin’ Uptown」は、ミッチが考えた60年代のダンス・パーティを思わせるカッコ良いアイディアがもとになっている。

    ●ゴー・ゴーみたいなリズムですね。
    ジョン
     そう! ゴー・ゴーだよね。で、「Mr. C.T.」はミッチがタワー・オヴ・パワーのハモンドB3 プレイヤー、チェスター・トンプソンに捧げた曲。「Memory Lane」はアンドリューの曲で、「Alta Vista」はミッチが書いた可憐な曲。「Liquid Office」は僕の曲で、ジャクージーに浸かって瞑想している時に思いついたアイディアが基になっている。「The Royal You」はアンドリューの曲で、「The Experience」はミッチが僕について書いた曲なんだ。

    こんな具合いに、曲はそれぞれが持ち込んだり一緒に作ったりしている。一緒に曲を作ると、それぞれの世界が広がるのが良いから、2枚目では3人で作る曲を多くするつもりだよ。この手のバンドでは、全員が曲作りにも貢献することが多いんじゃないかな。

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    SRTにおけるサウンド&グルーヴの秘訣