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Archive Interview−バーナード・パーディ

  • Translation & Interpretation:Akira Sakamoto
  • Photo:Eiji Kikuchi

昨日6月11日はキング・カーティス、スティーリー・ダンなどの歴史的傑作に名演を刻んできた真のグルーヴ・マスター、バーナード・パーディの82回目の誕生日。5月末よりアレサ・フランクリン幻のコンサートが映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』として上映され、その唯一無二のグルーヴに再び注目が集まっているパーディ。ここでは彼が自身のドラミングについて語った2008年3月号のアーカイヴ・インタビューを抜粋してお届け! 世界中のドラマーが憧れた、“パーディ・シャッフル”についても語る貴重な内容となっている!!

自分に想像力があればみんなから
同じぐらいの想像性が引き出せるんだ

俺が考え出したのは
“推進力”とでも呼ぶべき手段だった

●あなたは世界中でクリニックも開いていらっしゃいますが、常に“ワン(1)”がどこかにあるかを知っていることの重要性を強調なさっていますよね。このことについてもう少し詳しく教えていただけますか。

パーディ “ワン”がなぜ重要かと言うと、“ワン”の位置がわかってさえいれば、世界中のどこへでも行けるからさ。音楽というものには、リズムやメロディ、あるいはメロディ・ラインというものがあって、“ワン”の位置がわかっていれば、曲の途中から入っても終わりの方で入っても、そこが曲のアタマだと誤解してしまうこともない(笑)。俺はそれが問題を解決する一番単純な方法だと思っているんだ。“ワン”の位置というのはみんなにとっても気になる問題だし、理解しておかなければならないことでもある。それも仕事の一部だからね

●あなたはハイハットとスネアでものすごいグルーヴを出す一方、ベース・ドラムで“多くを語っている”場面をよく耳にします。

パーディ それは意識してやっているよ。

●なるほど。ではハイハットやスネア、ベース・ドラムの役割についてどうお考えですか? 

パーディ ハイハットもスネアもベース・ドラムもみんな、ドラムの一部、音楽の一部、全体の一部といての役割を果たすものなんだ。スネアだけ、タムタムだけ、シンバルだけを取り出して考えることはできない。全部が揃って1つのセットになっているんだからね。自分や一緒に演奏するミュージシャンが必要とすることをやるために揃っているんだ。そして、どんな拍子の音楽でも、変拍子でも、良いフィーリングを出すためには、“ワン”の位置を見極めることが肝腎だ。“ワン”の位置がわかっていれば、世界中どこへでも行ける(訳注:これは「世界中のどんな音楽でも演奏できる」という意味にも、「どんな演奏をしても大丈夫だ」という意味にも取れる)。だから“ワン”をしっかり見極めて、そこを外さないようにしなきゃならない。なぜなら、自分がリズム・パートの一端を担っていて、ベース・プレイヤーは自分の足回りの音を聴いていて、ピアノ・プレイヤーは自分の手の動きを手がかりにしていて、ギター・プレイヤーはドラムとベースの間を取り持って、うまくバランスを取らなきゃならないからだ。アンサンブルっていうのは、全体が手と手袋みたいにぴったりと合って初めて成立するものなんだ。

●ハイハットやスネアなどがドラム全体の一部だというのは理解できますが、それでもやはり、あなたはベース・ドラムで多くのことを表現なさっているように聴こえるのですが……。 

パーディ ベース・ドラムはあくまでも、ドラムの持つ1つの顔なんだ。スネアはもう1つ別の顔で、タムもまた別な顔、ハイハットもシンバルも、大きなライドもクラッシュ・シンバルもみんな顔の1つになっている。でも、これらを1つにまとめなきゃならない。1つのドラムにまとめるだけじゃなく、バンドを1つのサウンドにまとめなきゃならないんだ。そのためには、メンバー1人1人に気を配る必要がある。バンドの全員とうまくやっていかなきゃならないから、ドラマーには柔軟性が必要なんだ。言動や行動、ドラムを叩くことのすべてにおいてね。なぜかと言うと、バンド・リーダーやエンジニアと対立すれば、仕事がやり遂げられないからさ。そのためには、自分なりにうまい手段を考えておく必要があるけれど、俺が考え出したのは“推進力”とでも呼ぶべき手段だった。“シュッ、シュッ、ポッ、ポッ……”ってやつさ。昔よく聴いていた線路を走る列車の音を、自分の演奏に取り入れようと思ったんだ。音楽的な表現を心得ていれば、ソロにも応用が利く。簡単にはいかないけれどね。そして、自分に想像力があれば、みんなから同じぐらいの想像性が引き出せるんだ。とはいえ、ドラムを叩くためには、今まで言ったことのすべてを一体化させなきゃならない。ドラム・セットはそのための1つの要素だし、スネアも1つの要素、ベース・ドラムも1つの要素、シンバルも1つの要素だ。こうした要素を一体化させて初めて、フィーリングが生まれたり、音楽に流れが生まれたり、音楽が感動を呼んだりするようになる。自分のやることに対して積極的な姿勢を持てば、それはバンドの他のメンバーにも、観客にも伝わるんだ。積極的な姿勢を持てば、すべてのものが手に入る。

みんなが俺の演奏を聴きたがるのは、俺が自分の世界にみんなを引き入れるだけの強さを持っているからさ。すべてが音楽に反映する。積極的な姿勢を持てるかどうかで、すべて違ってくるんだ。音楽をきちんと解釈してさえいれば、違うことをやっても構わない。音楽を理解して、譜面をきちんと読んでいればいい。要は“解釈”の問題なんだ。音符は変わらないけど、リズムはいろんな方向に持っていける。そこに音楽の素晴らしさがあるんだ。俺はグルーヴが大好きだから、グルーヴにこだわって、そこに積極的な姿勢で臨んでいるんだ。どんなときにでもね。俺にとってはそれが音楽であり、“音楽を理解する”ということなんだ。自然にそうなるにしていれば、万事うまくいく。積極的になれるというのが、俺がそうしている理由なんだ。

●なるほど。では次に、いわゆるバーディ・シャッフルについてうかがいたいのですが。 

パーディ “いわゆる”だって?

●いえ、その、“バーディ・シャッフル”についてうかがいたいのですが……。 

パーディ どうもありがとう。これは確立されたものだからね(笑)。

●失礼しました。では、スティーリー・ダンの『Aja』のメイキング・ビデオの中に、あなたはあのビートを叩きながら、いろんな歌い方をなさっていましたが、あんたは実際にああいったいろんな歌い方をしながら叩いていらっしゃるのですか? つまり、アクセントを変えながら歌っていらしたという意味ですが……。 

パーディ アクセントはドラムの中のあるパーツを叩くタイミングを示しているんだ。だからアクセントを変えていたわけで、さっきも言ったように、俺はいつも1つのことしか考えていない。君が俺の頭の中に入り込めば、俺の考えていることがわかるだろうし、俺が君の中に入り込めば、君の考えていることがわかるだろう。でも、俺達はコミュニケーションを取ることでも、お互いに理解し合えるんだ。お互いを尊重し合うような社会で、お互いを尊愛し合い、お互いのやることに敬意を持っていれば、気持ちは相手にちゃんと伝わるわけだ。重要なのは俺がやりたいと思うことがすべて、パーディ・シャッフルに表れているということさ。つまり“推進力”がね。すべては“推進力”から生まれたものなんだ。それを言葉で説明しようとすると、あらゆるパートを歌うことになる。サウンドで説明するためにね「チュッ・チュッ・シャクトゥク、チャク・トゥプン・プチャク……」とか、3蓮なら「シュッ・トゥ、タン・トゥ、トゥッ・ト、トゥン、ト……」とか。ゴースト・ノートも歌ったりしてね。こういうサウンドを創り出すために、俺は手足と心と身体を総動員しているわけだから、かなりガツンとくるはずなんだ。強力なビートが生まれて、それが威力を発揮することになる。本気でやればね。でも、パートを口で歌おうとしても、実際の演奏のニュアンスをすべて伝えることはできない。スティックのリバウンドまでは表現できないからね。スティックと身体の動きは表現できないんだ。