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菅沼孝三没後5周年|Memorial Interview~SATOKOが明かす、“手数王”の知られざる素顔(前編)~
- Movie & Photo:Akito Takegawa
2021年11月8日にこの世を去った“手数王”こと菅沼孝三氏。圧倒的なテクニックと独創的なドラミングで多くのファンを魅了し、後進の育成にも力を注いだ言わずと知れた名ドラマーだ。没後5年の節目を迎える今回、氏の娘であり、プロ・ドラマーとして活躍するSATOKOにメモリアル・インタビューを実施。父として、そして同じドラマーとして間近で見つめてきた孝三氏の知られざる素顔や、あらためて感じるドラマーとしての凄さ、音楽への飽くなき探究心など、動画でお届けする。さらに2014年10月号に掲載した親子対談から、印象的なエピソードを抜粋して特別公開。
Memorial Interview|動画連動
SATOKOが改めて感じる父親の凄さ

父はドラムがうますぎるから
反発する気が起きなかった(SATOKO)
●孝三さんは、いろんなものを吸収して自分とはまた違ったタイプのドラマーになったSATOKOさんから、どんな影響を受けていますか?
孝三:どういうドラマーやアプローチが今流行っているかとか教えてもらいます。僕がやると、どうしても古くさいアプローチになってしまうので。
SATOKO:お父さんは自分のプロジェクトでやるものを作っているときに、「これどうかな?」と聞いてくれますね。すごくカッコいいんですけど、速過ぎだし、新し過ぎちゃって、これはついて行けない人もいるんじゃないかな、とか(笑)。これぐらいでやると親切じゃないか、とか言います。
孝三:逆に僕がファジコン(FUZZY CONTROL)のプリプロ音源を聴いたりもしています。お互いに気になるところを聴き合える関係なんです。
SATOKO:私がアプローチが自由なものをやるときに、お父さんは私より何百通りも引き出しがあるから、どうしてもカッコいいアプローチが思いつかない!っていうときは、“お父さんだったらどうする?”って聞きますね。いっぱい勉強させてもらってます。
●お互いに刺激があって、信頼し合っている、すごく良い関係なんですね。
SATOKO:そうですね。お父さんなら世界中どこへ行っても絶対評価されるし、今以上にもっともっと評価されてほしいといつも思っています。娘として誇らしいです。本当に。そういえば、この間、家の片づけをしていたら、お父さんの18歳くらいのときの音源が出てきたんですよ。かなり下手くそで安心しました(笑)。“あー! お父さんにもこんなときあったんだ! 昔から神ではなかったんだ!”って(笑)。
孝三:(笑)。でも、そんな頃でも若いからか自信だけは無駄にあった。謎の自信。
SATOKO:手足はめちゃくちゃ動いてたもんね。でも、うまくはなかった(笑)。それを見て、みんなで大爆笑でした。
●レアなお話ですね! 親子ということで、SATOKOさんは、例えば演奏が似ないようにしようとか、そういう反発はなかったんですか?
SATOKO:うますぎて反発する気が一切起きなかったです! “パワーとスピードで勝つことが重要だ”って私が子供の頃にお父さんがいつも言っていたので、私は左利きなので、左手だけでも勝てないかなと思ったんですけど、それすら勝てないですからね。だから反発はなかったです。不思議だけど、ドラマーの世界って、年齢じゃなくてドラムがうまい順に尊敬されるんですよ。うまくて尊敬せざるを得なくなっちゃうみたいな。それで私も、お父さんがうまいから反発するなんてできなかったですね。
●孝三さんが圧倒的だからですね。孝三さん、今のお話聞いてどうですか?
孝三:いやいや、過大に言っていただきましてありがとうございます! プロモーションも助け合ってね(笑)。僕は超大物と言われるポップスのアーティストのバックとかもやってきましたけど、SATOKOは親の力ではなく、全部自分の力で仕事を取ってきているのがすごいんですよ。SATOKOがプロになるきっかけは、たまたま作りましたけど。
SATOKO:“わらび座”という劇団がツアーしているときに、ドラムの子が盲腸か何かになって、“誰かいませんか?”とお父さんに連絡が来たんです。
孝三:“女の子じゃないとダメなんです”ということだったので、SATOKOに“高校全部休んでツアー行け”と言ったんです。
SATOKO:当時のバイトも“明日から一週間すみません!”と言って(笑)、次の日からツアーに行ったんです。
孝三:それが一番最初の仕事で、その後、“太陽肛門スパパーン”という音楽集団がいて、僕がやるつもりだったんだけど予定が空いてなかったんですよ。フランク・ザッパみたいなバンドだと聞いて、それはSATOKOが経験した方が良いだろうということで代わりに行かせたんです。そしたらあまりの衝撃に泣きながら帰ってきて。すごい変態バンドだったんです(笑)。そうこうしているうちに、プロの仕事をいろんなところから取ってくるようになって、今ドリカム(DREAMS COME TRUE)をやっているけど、僕は何1つ紹介してないですし。むしろ僕が正さん(中村正人)を紹介してもらいました(笑)。それで新しいアルバムにも参加しているんですけど、正さんは僕のことをよく知ってくれて。
●DREAMS COME TRUEの『ATTACK25』では、お2人の演奏を聴き比べもできるんですよね。
SATOKO:お父さんの曲、笑うと思いますよ。ドリカム至上あんなに手数多いの初めてですよ(笑)。最初は“あんまりバーンとはやらないで”と言ってたのに、正さんだんだんやって欲しくなっちゃって、“やっぱりここも、ここも、やりますか!”みたいな感じで結局ね(笑)。
孝三:ボツにされていると思っていたフィルインも全部残ってました(笑)。
●今こうして父娘で同じアーティストのドラマーをやれているというのは、すごいことですよね。
SATOKO:奇跡ですよね。頑張って良かったです!
