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佐野康夫が誘うディープな“ペダル沼”|ペダル遍歴から最新モデルの試奏、参加者によるプレゼンまで濃密な2時間を詳細レポート
- Text:Atsuki Sano/Photo:Akito Takegawa
ドラマーの身体とバス・ドラムをつなぐフット・ペダル。構造だけを見れば比較的シンプルな機材でありながら、ドライヴ方式やカム、ビーター、スプリング・テンション、フットボードの形状、さらにはセッティング次第で踏み心地もサウンドも大きく変化する。その世界に足を踏み入れると、なかなか抜け出すことはできない……。
そんな奥深きフット・ペダルだけをテーマにした参加/体験型イベント「佐野康夫と語らうペダル沼」が、9月19日に東京・御茶ノ水RITTOR BASEで開催された。ナビゲーターを務めたのは、数多くのアーティストのレコーディング/ライヴを支えてきた名手であり、筋金入りのペダル好きとしても知られる佐野康夫。イベントは、佐野のペダル遍歴を振り返る第一部、発売前の新製品をその場で試すリアルタイム・レビューの第二部、そして参加者が愛用するペダルを佐野本人にプレゼンするという三部構成で行われた。
告知段階から、佐野の愛用ペダルを来場者自身が踏める体験コーナーや、逆に参加者のペダルを佐野が踏むという企画まで用意された今回のイベント。プロのセッティングを間近で見るだけでは終わらない、“踏んで、聴いて、語る”ことでペダルという機材そのものを掘り下げる、まさしく“ペダル沼”の名にふさわしい濃密な2時間となった。

「踏みやすさ」の基準とは?
佐野康夫が語るペダル選びの哲学
イベント冒頭から、佐野のペダル愛は全開だった。
自身がペダルを意識し始めた時期について尋ねられると、「高校に入学して、ペダルに入学した感じ」と笑わせる一幕も。さらに、かつてドラム・マガジンで行われていた大量のフット・ペダルを一気に踏み比べる企画にも、自ら「次があったら絶対呼んでください」と志願していたというエピソードが紹介された。2021年の本誌企画では17機種を試奏したが、それでも本人は「17台でいいの?」と思ったというのだから、その“沼”の深さは筋金入りだ。
では、そんな佐野は何を基準にペダルを選ぶのだろうか? 答えは意外なほどシンプルだった。「踏みやすいと感じるもの」。ただし、佐野にとっての“踏みやすさ”とは、単に軽く動くことでも、難しいテクニックを容易にしてくれることでもない。
頭の中でイメージしたフレーズやリズム、そのニュアンスが足先を通じてダイレクトにバス・ドラムへ届くこと。シンプルな“ドン”という一打から細かなフレーズまで、自分が思い描いた感触と実際のアクションとの間にズレが少ないことが、大きな基準なのだという。出音や音色ももちろん重要だが、それ以前に「自分の感触がちゃんと伝わっているか」が大前提。その考え方は、佐野がスティックを選ぶときにも共通しているという。

セッティングについても興味深い話が続いた。多くの調整機構を備える現代のペダルであっても、まずはメーカーが想定するデフォルトの状態を探り、そこから自分に合わせて微調整していくのが佐野流。一方、長年の経験を経た現在は、かつてほど「このペダルでなければ」と固執することもなくなったという。ライヴハウスや海外公演など、必ずしも希望通りの機材が用意されるとは限らない現場を数多く経験したことで、ペダルごとの癖に自分の身体を合わせる意識も強くなった。場合によっては椅子の高さまで変えながら、その機材にとっての“おいしいところ”を探すという。
この柔軟さこそ、イベント後半まで一貫して語られる重要なテーマとなっていく。
初ステージでペダルが壊れた!?
佐野康夫のペダル遍歴を辿る
ここから第1部は、佐野が実際に使用してきたペダルを年代順に振り返っていった。
最初の1台はPearl 709。小学生時代、所属していた児童吹奏楽団が購入したドラム・セットに付属していたペダルだったという。ところが、そのセットを初めて使用した本番で、いきなり事件が起こる。演奏中にビーターではなく、ダイレクト・ドライヴ部分そのものが外れてしまったのだ。しかもイントロを終えた早い段階で故障し、その後はバス・ドラムなしで演奏することに。佐野にとってほぼ最初のステージで経験した、強烈なペダルの原体験だった。
「壊れるのは困る」と訴えた少年・佐野のため、続いて吹奏楽団に導入されたのが、当時の上位機種であるPearl 910。さらに児童吹奏楽団を卒業する際、自宅用のドラム・セットと共に初めて手にした自身のペダルがYamaha FP-901だった。今回の会場には当時の実機も持ち込まれ、約40年ぶりに本人が踏むという場面も。シンプルな外観の中に、各部の調整機構など当時としては先進的なアイデアが盛り込まれていたことが紹介され、「70年代のハイテク・ペダル」とも言えるその設計に会場からも感嘆の声が上がった。

そして佐野のキャリアを語るうえで欠かせない存在が、Yamaha FP-710/FP-720だ。もともとはFP-710を使用していたものの、現場で盗難に遭ったことをきっかけに、その時点で販売されていたFP-720へ移行。すると、より力が伝わってくるような感触を気に入り、以降長年にわたって愛用することになった。2021年の試奏企画でも「このペダルに育ててもらいました」と語っていた佐野。今回あらためてその言葉について尋ねられると、若い頃から長くFP-720を踏んできただけに、ペダルの感触そのものが当時の仕事や出来事の記憶と結びついていると明かした。踏んだ瞬間、長い年月の思い出が一気によみがえる……まさに彼の身体に刻み込まれた1台なのだ。
しかし、長く信頼してきたFP-720から離れる時期が訪れる。2000年代半ば頃、フットワークそのものに悩み始めた佐野は「自分の奏法を考え直す必要がある」と判断。その手段として、それまでのFP-720とはあえてキャラクターの異なるペダルを購入することを決め、DW5000シリーズへ辿り着いた。

軽快なベルト・ドライヴのFP-720に対し、重量感を持ち、チェーン・ドライヴを採用するDW5000。当初はかなり苦労したというが、ビーターの長さなどを試しながら徐々に自分のものとしていき、現在ではこの日持参したTD3、そしてAD4を使用。バス・ドラムのサイズやチューニングによってビーターの長さを変えることもあるという。1つのペダルを突き詰めた末に、あえて“違うもの”へ乗り換えることで自らの奏法を再構築する。その選択にも、佐野ならではの探究心が表れていた。
同じペダルでも踏み心地は十人十色!
佐野康夫のセッティングを来場者が体験

自身のペダル遍歴を語ったところで、今度は来場者が佐野の現行ペダルを実際に体験するコーナーへ。その前に佐野自身がデモンストレーションを披露。ペダルを踏む際には、足の親指側に支点が来て、最終的にそこへ力が集まっていくような感覚を持っているという。一方で、スライド奏法やヒール&トゥといった奏法名については、現在は「あまり深く考えないようにしている」とも語った。長い試行錯誤を経て、奏法を頭で分類するのではなく、音楽に対して身体が自然に反応する領域へと到達していることがうかがえる。
続いて客席から1人ずつステージへ上がり、佐野のセッティングを試奏。同じ1台を踏んでいるにもかかわらず、「思っていたよりスムーズ」、「軽い」、「戻ってくる感じがする」、「重く感じる」など、その印象は実にさまざま。靴を脱いで確かめる参加者もいれば、普段使用しているペダルとの違いを慎重に探る人もいる。わずかな時間ながら、会場にはちょっとした公開試奏会のような空気が生まれていった。
佐野も参加者の踏み方を横から観察しながら、「この人は重く感じるだろうな」、「軽く感じているだろうな」と、その身体の使い方から感覚を読み取っていく。同じペダルでも、履いている靴、椅子の高さ、ビーター、スプリングの状態、さらには演奏するフレーズによって印象は変わる。
参加者全員の試奏を終えた後、佐野は自身もかつてスプリングを弱くして軽快に踏むセッティングを好んでいたものの、FP-720から離れてフォームを見直す過程で、あえて強いスプリングなども試してきたと説明。テンションが違えば使う筋肉も変わる。“さまざまな設定を経験することで、自分に合ったフォームやペダル選びが見えてくるのではないか”という言葉には、単なる機材選びを超えたヒントが詰まっていた。
Pearlの最新ペダルを佐野康夫が初試奏!
リアルタイム・レビューで見えた進化
イベント第二部は“リアルタイム・レビュー”。ここで登場したのがPearlの新作フット・ペダル、Eliminator Mono Pro P-2500CXだ。佐野にはリハーサル時からその存在に一切触れさせず、まったく予備知識のない状態で、その場で初めて試してもらうという趣向。ケースから姿を現したモデルを見て、佐野が真っ先に反応したのは片側だけに支柱を配置したモノポスト・フレームだった。

最初の一踏みでは「意外と重い」と口にしたものの、しばらく演奏すると印象は次々に具体化していく。重量感を感じながらもビーターがまっすぐ前へ進んでいくような感触があり、ダイナミクスもつけやすい。さらに「吸いつく感じ」、「すごくスムーズ」と評価。モノポストでありながらフレームにはしっかりとした安定感がありつつ、アクションには適度なしなりを感じるという。その特徴を佐野は、従来のPearlペダルと比較して「しなやかさが増した感じ」と表現した。
これが実に興味深い。佐野がイベント冒頭でペダル選びの重要な条件として挙げていたのは、自分のイメージと楽器との間を自然につないでくれること。その観点からすると、単に機構が高性能であるだけでなく、人間の動きに寄り添う“しなやかさ”が重要になる。本人も、それを「自分とのフィット感につながる」と語り、好感触を示していた。

P-2500CXは、シリーズ伝統のインターチェンジャブル・カム・システムを受け継ぎながら、ロング&ワイドなフットボードなどを採用。Pearl公式でも、Eliminatorの設計思想を継承しつつ、柔軟性と表現力を追求したモデルと位置づけられている。会場では、機能だけでは終わらない。実際にカムをブラックからレッドへ交換し、その変化を佐野がリアルタイムで確認した。
偏心カムならではの加速感は、特に素早いフレーズで効果を発揮。一方、通常の16分音符程度ではブラックとの違いが極端に大きいわけではなく、一発を踏み込んだ際には遠心力による独特の心地良さを感じるという。カム交換によってペダルの機械的な存在感が薄れ、より“人間の道具”らしく感じられるという表現も飛び出した。
さらに、新設計のウェイトを内蔵できるビーター(Weight-Adjustable Quad Beater)も検証。3g単位でウェイトを外していくと、わずか数gでもペダルの挙動やサウンドが変わることに佐野自身も驚き、ビーターが軽くなればフット・ボードを踏む位置を変えるなど、その場ですぐ身体側を適応させていった。
カム、ビーター面、ビーター重量など、組み合わせによって1台の中でもキャラクターを大きく変えられる。それを実際の音と演奏で確かめていくこのパートは、まさに“リアルタイム・レビュー”ならでは。最終的に佐野から飛び出したのは、何とも端的な「買っていいと思います」という一言だった。
オーガニックなサウンドからエレクトリックなサウンドまで、1台で幅広く対応できるというのが佐野の総評。基本構造そのものは昔から大きく変わらなくとも、より滑らかに、安定して、壊れにくくなっていく――そこにペダルの技術的な進化があるとも語った。
来場者のペダルを佐野康夫が試奏!
三者三様のセッティングとペダル談義

そして第3部は、このイベントでなければ成立しないであろう“ペダル・プレゼンテーション”。プレゼンつき特別チケットで参加した3名が、自身の愛用ペダルを佐野へ持ち込み、“なぜこのペダルを使っているのか”、“どこが気に入っているのか”を本人に直接説明。そのうえで佐野が試奏し、セッティングや踏み心地についてコメントしていく。佐野本人も「ただの雑談会だと思って」と笑いながら参加者を迎え、徐々にイベントというより“ペダル好き同士の座談会”に近い空気になっていった。

最初に登場したのはDW9000XF。ロング・フットボードならではの安定感と、滑らかなアクションを気に入っているという参加者から、「普段5000を使う佐野さんが9000を踏んだらどう感じるのか」という問いが投げかけられた。
佐野は一踏みするなり「すごいスムーズ」と反応し、軽さと足への吸いつきを確認。さらに参加者が悩んでいたビーター角度について、「大きな音量でフルショットするなら、ある程度ビーターを手前へ寝かせることでスピードを稼ぎやすくなる一方、小さな音量で細かなフレーズを演奏するならヘッドへ近づけた方がコントロールしやすい」という考え方を実演を交えて説明した。ただし最後には、「セオリーとしてはそういうこと。でも、あとは好み」と付け加える。
イベント全編に共通していたのは、佐野が決して“正解のセッティング”を押しつけないことだった。原理は説明するが、その先は演奏者自身の音楽や身体、求める感触によって変わる。それこそがペダルという機材の面白さなのだろう。

続く参加者が持ち込んだペダルでは、Canopusによるベアリング交換を施したYamaha FP-720の復刻モデルを佐野が試奏。かつて自身が長年親しんだ感触を確かめるように何度も踏み込み、「この感じ!」と笑顔を見せる。ベルト・ドライヴでありながらアタックをしっかりと生み出せる点について、ビーターの素材やシャフトなどを含めた総合的なバランスの良さに言及。さらに、長期間の使用で摩耗しやすい箇所への対策として、ワッシャー状のパーツを挟むという実践的なアドバイスまで飛び出した。

最後の参加者は、自分に合う機材に悩みに悩んでいた際に出会ってしっくりきたスタジオ備品のペダルを再現したセッティングだというYamaha FP9310を持参。まさに参加者自身が“ペダル沼”へハマった末の選択に、佐野は理解を示しつつ、安定感と適度な“遊び”のバランスを高く評価。そのうえで、もし激しい楽曲が長時間続くライヴで自分が使用するなら「スプリングをほんの少し強くするかもしれない」とコメントした。
ここで話題は再び、セッティングと身体の関係へ。同じペダルを同じように調整したつもりでも、その日の体調や演奏環境、楽曲によって「いつもは良いのに今日は踏みにくい」ということは起こる。だからこそ、“これが自分の絶対的なセッティングだ”と決めつけず、その都度微調整することもペダルとのつき合い方の1つなのだと佐野は語った。
理想の1台を探すこと
どんな1台にも対応できること
佐野康夫が語る“ペダル沼”の深さ

約2時間に渡って1つの機材だけを語り続けても、話題は尽きない。イベント終盤、佐野は「ペダル、深いですよやっぱり」としみじみ口にした。今回、ヴィンテージに近いモデルから最新のハイエンド・モデル、そして参加者が自分に合わせて調整したペダルまで、さまざまな個体を踏んだからこそ、佐野自身にもあらためて感じることがあったという。それは、気に入った1台を探し続けることと同時に、“いろいろなペダルに対応できる基礎技術を自分の中に持つ”ことの大切さだ。
スプリング・テンション1つ変わるだけでも、使う筋肉や身体の反応は変わる。それならば、軽いペダルだけ、重いペダルだけを踏むのではなく、異なる感触のペダルを使うこと自体がトレーニングにもなる。スティックでも軽いもの、標準的なもの、重いものを使い分けることで身体の柔軟性を養う考え方があるように、「足も一緒なのではないか」と佐野は語った。
機材が進化すればするほど、プレイヤーの要求に応えてくれる領域は広がっていく。しかし、それだけに頼るのではなく、演奏する側も柔軟であり続けること。思えば、イベント序盤で語られた佐野自身のペダル遍歴も、その考え方を象徴していた。FP-720という絶対的な存在がありながら、自分の奏法を見直すためにあえてDW5000へ移った。そして現在も、そのDWを最終的な答えとは考えていない。今の自分にとっての一定の結論ではあるが、今後もっと良いものに出会えば、また模索を続けていくという。
自分にぴったり合う1台を探すこと。そして、どんな1台にも対応できる自分を育てること。一見すると正反対にも思えるその2つを、どちらも楽しみながら追い求めていく。そこにこそ、佐野康夫が長年抜け出せずにいる“ペダル沼”の正体があるのかもしれない。
そしてそれは、来場者にとっても同じだろう。この日、佐野のペダルを踏んだ人も、自分のペダルを佐野に踏んでもらった人も、きっと帰宅後にはスプリングを少し回したり、ビーターの高さを変えたり、いつもと違う位置に足を置いてみたりしたのではないだろうか。

1つのパーツ、1つの調整で身体の感覚が変わり、音も変わる。その小さな違いを楽しむことこそ、フット・ペダルという機材の醍醐味だ。佐野自身からも「今度はみなさんのペダルを踏みたい」という言葉が飛び出した今回のイベント。これだけ1つのテーマを掘り下げてもなお話が尽きないのであれば、“沼”にはまだまだ続きがありそうだ。
名手と参加者が同じ機材を囲み、実際に踏み、音を出しながら語り合う。そんなドラマーならではの体験型セミナーが、再び開催されることにも期待したい。