SPECIAL
アートというフィールドで培った感覚を
ERWITの⾳楽に昇華したい
僕にしかできないことを表現したいんです
毎年恒例、夏の誌上ドラム・コンテストが開幕! ドラマー兼プロデューサーの神谷洵平とタッグを組み、課題曲「ユメカルテ」&「マルベリー」を提供してくれたシンガー・ソングライターのERWIT(アーウィット)とは、いったいどのようなアーティストなのだろうか。神谷視点での話も交えながら、そのバイオグラフィに迫るインタビューをお届けしよう。
テクニックよりもニュアンス
●ERWITさんが音楽を意識したきっかけは?
ERWIT 当時2ちゃんねるが流⾏っていて、おませさんな僕も⼩学6年ながら家族共有のPCで(2ちゃんねるへ)書き込みを始めたんですよ(笑)。そこでたまたま出会った、住んでいる場所も名前も知らないお兄さんに、BUMP OF CHICKENを紹介されたんです。で、バンプの藤原基央さんに憧れてギターを始めました。それが2006年頃です。
●なるほど。ちなみにギターはアコギから?
ERWIT エレキ・ギターですね。通っていた中学校に軽⾳楽部があって、そこで同級⽣達と当時流⾏っていたバンプとかアジカンなどをコピーしていました。同時期にギター教室にも通い始めたんですけど、そこではビートルズやオアシスなどを弾いていました。
●ギター教室で聴く⾳楽も好きでしたか?
ERWIT 好きでした。“こういう⾳楽もあるんだ”って感じてましたし、今ギター・ソロを弾くってなってもギター教室で学んだ曲からの影響が⼤きいと思います。テクニックよりもメロディやニュアンス……というか、海外の歌うように弾くギターが今でも好きです。
●ギターは、ソロとコード弾き、どっちが好きでした?
ERWIT 当時はソロを弾くのが好きでした。でも、⼩中⾼と楽器を演奏しながら歌う仲間がいなくて、“じゃあ僕が歌わないといけないか”っていうことでコード弾きにも⽬覚めたんだと思います。で、⾼校⽣の頃から作曲を始めて、次第にヴォーカル・ギターとしてやっていくことになりました。
●当時好きだったヴォーカリストは?
ERWIT トータス松本さんですね。「ブランコ」とか「笑えれば」とか、切ないのに勇気がもらえるところなんか、トータスさんの歌唱⼒があってこそだと思うんですよ。と⾔っても、僕の声質とはまったく違うので⽬指すところというよりは、ただ単純に好きなだけです(笑)。
ERWITを始めて、神⾕洵平さんと⼀緒に制作するようになり、ありがたいことに僕の声質を武器だと⾔ってもらえて、⾃分の歌をより客観的に⾒られるようになりました。それからは⾃分にしかできないこと、⾃分の声でできることって何だろうって考えるようになりました。
●曲はどんなふうに作っていくんですか?
ERWIT コード進⾏や曲調、構成を作ってから歌詞を乗せるケースが多いです。ごく稀にこのことについて歌いたい、そのためにはどんな(曲調やコードの)雰囲気が良いんだろうって考えるときもありますけどね。
●わりと理論的に作る感じですか?
ERWIT 理論なんて⾔えるほどの知識はないので、どちらかというと感覚寄りですかね。ある程度確⽴されているコード進⾏ってあるじゃないですか。それらをどうやって崩していくかって考えることが多いです。
●⾼校時代はたくさん曲を書いたんですか?
ERWIT ちゃんと1曲にすることは少なかったと思います。誰かにお披露⽬する機会もなかったですし、断⽚的なものばかりでした。歌詞がない曲もたくさんありました。なので、作曲の練習期間みたいな感じでしたね。
実は⾼校受験のときに出会った⼥の⼦に⼀⽬惚れしてしまって(笑)、その⼦がバスケ部に⼊るらしいってことでなぜか僕もバスケ部に⼊ったんですよ。だから、夢中でバスケをやりつつ、その⼦を想って曲を書いたり……そんな⻘春時代でした(笑)。
●(笑)。ちなみにその⼦とはうまくいったんですか?
ERWIT デートまでは⾏ったんですけどね……うまくいきませんでした(笑)。
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