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Archive Interview – コージー・パウエル

  • Interview:Shinobu Tanno Photo: Jorgen Angel/Getty Images

不滅のドラム・ヒーローが自身のキャリア、ルーツを語る!

先日公開した「最強のドラム練習帳〜コージー・パウエルに学ぶ重量級ツーバス・ドラミング」に絡めて、過去のドラム・マガジンで行ったコージーのアーカイヴ・インタビューを再編集して公開! ここに掲載するのは今から30年前、1990年“冬号”に掲載されたもので、自身のキャリアを振り返ると共に、その唯一無二と言えるハード・ロック・スタイルの核心についても語っている。

よく似たようなスタイルのドラマーとして、僕とジョンとを比較する人がいるけど、まったく光栄だよ

●プロ・デビューはいつだったんですか?

コージー 西ドイツのアンスバックにあるアメリカ軍基地だったよ。確か1966年11月1日だった。

●それからもう20年以上も続けてきたわけですね。振り返って最初に頭に浮かぶことは?

コージー “PAIN(苦痛)”だね(笑)。いやいや、最高のキャリアを体験できたと思っているよ。いろんなバンドでプレイしてきてそれぞれ違った経験となったし、いろんな国でプレイして変わったフィーリングを味わうことができた。ジェフ・ベック・グループが初めてのビッグ・ネーム・バンドで最高に楽しかったし、デトロイトにある古いモータウン・レコードのスタジオで仕事をしていたのも思い出すよ。スティーヴィー・ワンダーとも一緒に仕事できたしね。その後は、自分のグループ(ベドラム)で活動してソロ・シングル(「Dance With The Devil」)でも成功を収めたよ。全部で3枚出したけど、どれもヒットになった。

リズム&ドラム・マガジン
1990年 Winter

●そして、75年から80年までレインボーで活動していたんですよね?

コージー ああ、それはもうツアー漬けもいいところで、主にアメリカや日本を回ったよ。80年から82年にはマイケル・シェンカー・グループで活動して、その間『オーバー・ザ・トップ』や『ティルト』といったソロ・アルバムを発表することもできた。その後、また2年くらいホワイトスネイクに参加して、それ以来しばらくセッション・ワークが続いたね。まずはEL&Pだけど、これは悲惨だった。バンドとマネージメントが憎み合っていたから(笑)。それからブルー・マーダー、ゲイリー・ムーアとどれもウマが合わなくて、やっとこうやってブラック・サバスとバンド活動がスタートできるようになったんだ。ツアーということに限って話せば、みんなとにかく仲がいいから、こんなに楽しいことってなかったよ。来年あたりはお互い殺し合ってるかもしれないけど(笑)。

●今まで参加した、たくさんのバンドやセッションのレコードから、特に印象に残るアルバムを3枚選ぶとしたら?

コージー いやぁ、こりゃまいったなぁ。まず、ジェフ・ベックの『ラフ・アンド・レディ』は僕にとって最初のメジャー・サクセスだったから、これは選ばないとね。次はもちろんレインボーの『ライジング(虹を翔る覇者)』だ。当時僕がやっていたことがよく表現できていると思うよ。3枚目はそうだな……今回のブラック・サバスの『ヘッドレス・クロス』だね。久しぶりに曲作りやプロダクションに参加できたし、会心の出来だと思うんだ。

●影響を受けたドラマーは誰ですか?

コージー まずルイ・ベルソンの『スキン・ディープ』に興味を惹かれた。あのスタイルのドラミングでは、彼が当時最もエキサイティングな存在だったと思う。彼は今65歳くらいだけど、ずーっとツーバスでプレイしているんだ。昨年彼のプレイを見たけど、スピードといいパワーといい、30歳の頃から全然衰えていないんだよ。信じられないよ、まったくよくやってくれるぜ(笑)。もう天才的なプレイヤーだ。次にビートルズやホリーズが好きだった。ホリーズにはボビー・エリオットという素晴らしいドラマーがいて、今でも現役バリバリだ。それにシャドウズのブライアン・ベネット。2人ともブリティッシュ・スタイルのドラミングで、すごく影響されたよ。あとはジョン・ボーナムだね。初めて彼のプレイを見たのは、彼がロバート・プラントのバンド・オブ・ジョイにいたときだ。バーミンガムのクラブで、当時僕はヘッドライナーのバンドにいて、彼らは前座だったんだよ(笑)。友達からは「とにかくすげぇドラマーがいるから見なくちゃダメだよ」って言われて、「ああ、わかった、わかった」っていつもの調子で返事をしてたんだ。いざ彼のプレイを見たら驚いたのなんのって(笑)。二度とあんな気持ちにはならないと思うよ。とにかく完璧にユニークなプレイだったんだ。よく似たようなスタイルのドラマーとして、僕とジョンとを比較する人がいるけど、まったく光栄だ。彼と同じくらいうまくプレイできるなんて、たったの一度も思ったことないけどね。彼のスタイルはユニークだったし、すべてをスタートさせたヤツさ。間違いなくロック史上ベスト・ドラマーだね。

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