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    芳垣安洋が語るトニー・アレン Part.1 トニーのアフロ・ビート解説

    偉大なるアフロ・ビートの創始者
    その功績を芳垣安洋が語る

    2020年4月30日にアフロ・ビートの創始者、トニー・アレンがこの世を去ってから、1年が経過した。ここでは1周忌を悼むと共に、彼の偉大な足跡を振り返るべく、本誌2020年7月号で企画した追悼特集より、彼を敬愛する芳垣安洋がアフロ・ビートについて語ったパートをWEBにて特別に公開。譜面と併せて彼の残した功績にぜひ触れていただきたい。

    ◎解説:芳垣安洋[Orquesta Libre、On The Mountain、他]

    アフロ・ビートはドラムのパートそれぞれが
    パーカッショニストのように独立してグルーヴする

    アフロ・ビートとは

    アフロ・ビートとは、70 年代にナイジェリア、ラゴスで生まれた、R&B やハイライフ(ガーナで生まれたポップス)などをミックスして生まれた音楽。20世紀のアフリカ人民解放運動のカリスマで、サックス奏者のフェラ・クティと、彼のバンドを10数年支えたドラマー、トニー・アレンの2人によって作られました。

    ハイライフというのは、ガーナから西アフリカ一帯に広がったポップスで、60年代、フェラ・クティはロンドンに留学し、ハイライフの形態をベースにジャズをやろうとしていました。その頃、ラゴスのクラブで叩いていたトニーは、アート・ブレイキーやマックス・ローチ、ジョー・ジョーンズら、ニューヨークのジャズ・ドラマーに衝撃を受け、ジャズ的な手足の独立性を取り入れたリズムを模索していました。そしてフェラ・クティのオーディションで2人は出会い、バンドを結成します。

    このバンド(クーラ・ロビトス)のリズムは、ジャズのようなハイハットのオープン/クローズ、バス・ドラムのダウン・ビート、ハイライフ的なスネアの刻みで作られ、スピード感があります(Ex-1a、b)。アフロ・ビートの根底にこれらの要素があるということを忘れないでください。

    フェラ・クティは「トニーのドラムはそれぞれのパートが独立していて、パーカッショニストが集まっているように聴こえるから、打楽器は1人で十分だ」と言ったそうです。この、それぞれが独立してグルーヴする感覚もアフロ・ビートの秘訣ですね。70年代になるとバンドを再編し、JB的ファンク、ナイジェリアのフジ・ミュージック、レゲエなど、新しい要素を加え、シンプルでパワフルな新たな音楽を模索します。このように形成されていったのがアフロ・ビートだったのです。

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