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    【追悼】酒井 麿氏逝去|ドラマー、パーカッショニストとして多彩な活動を展開

    • Text:Shinichi Takeuchi

    ドラマー、パーカッショニストとして活躍した酒井 麿氏が、6月27日に急性冠症候群により亡くなった。享年61。

    酒井氏は1965年4月15日生まれ、広島県出身。16歳のときに村上“PONTA”秀一氏に師事し、ドラムを本格的に始めた。アマチュア時代には吉川晃司とバンドを組んでいたことでも知られる。

    1986年には4人組ロック・バンド、BEE PUBLICのドラマーとして、シングル「お前にハート・ビート」でメジャー・デビュー。キャッチーな音楽性と4人の端正なルックスが話題を呼び、テレビやラジオにも数多く出演した。さらに映画『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲』やテレビドラマ『夏・体験物語』にも出演するなど、アイドル的な人気を博した。

    1988年のBEE PUBLIC解散後は、ドラマー、パーカッショニストとしての活動を本格化。吉川晃司、大澤誉志幸、山下久美子、ZARD、江口洋介など、数多くのアーティストと共演を重ねた。さらに打楽器リズム・アンサンブル「JBドラムサークル」を主宰する他、“観客体験型打楽器アトラクション・イベント”「Drumming High!」にも参加するなど、キャリアを重ねるごとに活動の幅を広げていった。

    その活動の幅広さを象徴するのが、酒屋まろ吉名義での活動だろう。2011年から三味線を手に取り、俗曲といわれる“都々逸”を歌う活動をスタート。日々のライヴ活動に加え、YouTubeに公開した動画が大きな話題となり、新たなファン層からも注目を集めた。

    一方、2022年からは“超ハイテクFUNKバンド”を自称するMARIMARIを結成し、ドラマーとしての活動もさらに活性化。新たなステージへ歩みを進める中での突然の訃報となってしまった。

    ドラム・マガジンとの関わりとしては、「Drumming High!」の一員として出演した、2012年10月に開催された弊誌主催イベント「ドラム・マガジン・フェスティバル2012」。五十嵐公太のドラム、オカピのスティール・パン、そして自身はパーカッションを担当し、打楽器アンサンブルの楽しさを伝えてくれた。観客にも特製の段ボール・ドラムが配布され、会場全体でリズムを奏でる一体感を生み出したが、その中心となって観客を盛り上げたのが酒井氏だった。

    出演後には、「ドラマガ・フェスということで、われわれも打楽器奏者なので気合いを入れて来ましたが、みなさんが温かく一緒にタイコを叩いてくださったので、とても心強く、楽しく演奏することができました! ありがとうございました」と感想を語っている。

    多彩な表現力とタイトなドラミングで多くのミュージシャンを支え、持ち前の明るいキャラクターでも多くの人に親しまれた酒井氏。謹んでご冥福をお祈りいたします。