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モーゼス・ボイド〜ロンドンのジャズ・シーンを牽引する凄腕ドラマー!〜 【Interview】
- Photo:Tetsuro Sato/Special Thanks:Billboard Live Tokyo
- Interview:Rhythm & Drums Magazine
- Interpretation & Translation:Akira Sakamoto
6月16日発売のリズム&ドラム・マガジン2023年7月号では「the Alternative Jazz Drummers」と題して、新時代を切り開くジャズ・ドラマーに焦点を当てた特別企画を30P以上に渡って掲載! ここではそのWeb版として、ベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフ率いるVillage of the Sunで来日を果たしたUKジャズ・シーンを象徴する才人=モーゼス・ボイドのインタビューを掲載。誌面と併せて読むことで現在のジャズ界の動向がわかるはずだ!
ロンドンは他のあらゆる都市と比べても
“アーティストであること”が重視される
●「the Alternative Jazz Drummers」と題した特集を行なっているのですが、あなたには活動の中心となるサウス・ロンドンのシーンについてうかがいたいと思います。
モーゼス その前に、読者のみんなに1つだけ言わせてもらおうかな。このシーンが盛り上がった頃には、ライヴ・ハウスの多くがサウス・ロンドンにあったから、そういう認識が広まったわけだし、僕自身もサウス・ロンドンの出身だけれど、ロンドンの他の地区の人達もシーンを担っている。親友のフェミ・コレオソはノース・ロンドンの出身だし、サウス・ロンドンだけが注目されると、他の地区の人達に怒られるよ(笑)。
●では“ロンドンの”ジャズ・シーンということで(笑)、あなたから見たこのシーンの特異性というのは、どんなところにあると思いますか?
モーゼス 音楽の点で言えば、ロンドンはとても興味深い街だと思う。それは、他のあらゆる都市と比べても、“アーティストであること”が重視されるからなんだ。これは決して自惚れではなく、ただ単に“ドラムを演奏する仕事人”というのではなく、それぞれがユニークなアーティストであるような人がたくさんいる。ニューヨークやシカゴ、南アフリカなんかもクリエイティヴだけれど、ロンドンには住んでいる人達の文化背景や移民の歴史が反映しているからね。移民の出身地もさまざまで、学生時代の親友の1人はイラン、もう1人はジャマイカの出身だった。そんなわけで、多様な文化が社会の構成要素を成していて、それが芸術や文化を豊かにしている街としては、ロンドンがその最たる例だと思うよ。
同じロンドンでも、ペッカムへ行けばナイジェリアにいるような気分になれるし、ノース・ロンドンへ行けばトルコにいるような気分になれるからね。こうした状況は芸術に多大な影響を与えているんじゃないかな。他の街では、それぞれの文化がもっと隔離されていると思う。70年代のノーザン・ソウルから80年代のラヴァーズ・ロック、90年代のジャングルやドラムンベース、グライム、ガレージ、ダブステップ、現在のUKジャズに至るまで、この街ならではのユニークな音楽を生み出し続けた伝統が、それを証明しているよね。
僕もこうした音楽を聴いて育って、影響を受けて来た。若い頃から(ジョン)コルトレーンやデューク・エリントン、マイルス(デイヴィス)なんかも聴いてきたけれど、それらは“僕の文化”ではない。ロンドン生まれの僕の文化はラヴァーズ・ロックやダブ、グライム、ダブステップで、インプロヴァイズするときにも、自分の実体験からそういった要素を引用している。そういうところにイギリスの音楽のユニークさがあると思う。
●“アーティストであること”を重視するというのはつまり、実際に音楽を演奏するようになる以前から、自分を表現したいという欲求の方が強いということなんでしょうか?
モーゼス そう思うよ。アメリカには素晴らしい腕前の人がたくさんいるのに対して、イギリスには素晴らしいアーティストがたくさんいる感じかな。もちろん、どちらが良いとか悪いとか言うんじゃなく、そういう違いがあるという意味だけれどね。
●あなたがUKのジャズ・シーンで頭角を現したのも、もちろんそのユニークさにあると思いますが、あなた自身はドラマーとして注目されるようになった理由についてどう考えていますか?
モーゼス 僕はもちろんドラマーとして活動を始めたわけだけれど、ドラムを学ぶのと平行してプロデュースやシーケンサーのプログラミング、ミックスなどのエンジニアリングも学んでいた。マイクやプリアンプといった、ハードウェアの知識も含めてね。だから、自分の音楽を作るときには最初からプロデュースもやって、作品の制作全体に関わってきたんだ。
サウンド・メイク1つ取ってみても、ドラムのマイキングやハイハットと808とキック・ドラムの組み合わせ方、シンセサイザーの使い方を工夫してきたし、音楽面でも両親のレコードで聴いたレゲエやラヴァーズ・ロック、自分の世代のグライムやガレージなんかの要素を取り入れてきた。つまり楽曲からサウンドまで、作品のすべてに“モーゼス・ボイド”が反映されているわけさ(笑)。
●ドラミングだけではないということでしたが、メインの楽器であるドラムは、そもそもどんなきっかけで始めたんでしょうか?
モーゼス 13歳か14歳の頃から通い始めた学校がパフォーミング・アートの専門校で、当時は幸いなことにドラムでもピアノでも、週に30分のレッスンが無料で受けられた。それで、僕はドラムを選んだわけだけれど、ドラムスの先生がジャズ・ドラマーで、この楽器に対する愛情を深めたのはその時からだったんだ。
●具体的なドラマーでは、誰に影響を受けましたか?
モーゼス 最初に影響を受けたのは、同じ学校の生徒だった。学校の廊下を歩いていたら、2年上のある生徒が、今で言う“ゴスペル・チョップス”みたいなことをやっていてね。で、そのときには何がなんだかわからなかったけれど、僕もあんなことができるようなりたいと思ったんだ。ドラムのレッスンを受けることにしたのは、それがきっかけだった。
最も影響を受けたドラマーを挙げるなら、何と言ってもマックス・ローチだね。もちろん、他のいろいろな人達からも影響は受けたけれど、マックス・ローチは初めて聴いたときから僕の頭から離れたことがないんだ。現在に至るまでね。彼の演奏を生で観る機会はなかったけれど、彼の演奏からは、知的であると同時にファンキーな要素が感じられて、それがとてもよく練られたものだということがわかるんだ。
●知的でありながら本能的だという……。
モーゼス そうそう。そういうドラマーは他にもたくさんいるけれど、なぜかマックス・ローチは……あの有名な『Drums Unlimited』のソロなんかには、特別に惹かれるものがあって、ソニー・ロリンズやクリフォード・ブラウンのレコードなんかで彼の演奏を聴けば聴くほど、あのスタイルがいかに時間と努力を費やして築き上げられたものであるかが伝わってくるんだ。ジャズのドラミングが僕に理解できるのは、彼のおかげだと言ってもいい。
トニー・ウィリアムスはすごいけれど、あまりにも先を行き過ぎていると感じることもある。マックス・ローチは僕にも理解したり感じたりすることができて、その上でようやくトニー・ウィリアムスやロイ・ヘインズ、エド・ブラックウェルといった人達が聴けるんだ。マックス・ローチの他には、フィリー・ジョー・ジョーンズも最初に影響を受けたね。
●トニー・アレンとの交流が知られていますが、彼に影響を受けたのはもっと後になってからということでしょうか?
モーゼス そうだね。それほど時間が経っていたわけじゃないけれど、16歳ぐらいの頃に“ノース”ロンドンで(笑)、チューバのセオン・クロスやトロンボーンのナサニエル・クロス、サックスのヌバイア・ガルシアなんかと一緒にあるワークショップに参加して、ジャズやファンクも演奏したけれど、そのときにフェラ・クティの音楽も知ったんだ。以来僕はフェラ・クティの大ファンで、特にドラムに惹かれていた。トニー・アレンについてはあまりよく知らなくて、ただその音楽が好きで聴いていたけれど、あとになって彼のドラミングの重要性に気づいたんだ。その後トニー・アレンと一緒に仕事をする機会があったりして、ずっと影響を受けているよ。意識的にも無意識的にもね。
●トニー・アレンに代表されるアフロ・ビートがクラブ・シーンでも受け入れられたのはなぜだと思いますか?
モーゼス あのビートを聴けば身体を動かしたくなるような、抗しがたい魅力があるからだろうね。それにイギリスとナイジェリアやガーナ、西アフリカの音楽的な交流が盛んになった時期とも重なっていた。移民の流れを汲む僕と同じような背景を持った、P2JやJae5といったイギリスのプロデューサーが、それぞれナイジェリアやガーナの音楽の要素を取り入れたりしてね。みんなが境界を越えてより自由に交流するようになって、ロンドンばかりでなく、イギリス中のコミュニティでそれぞれの文化的な背景を前面に出す動きが盛んになっていたんだ。音楽だけじゃなく、食べ物なんかの他の文化的要素についてもね。
●なるほど。その一方で、J・ディラのグリッチ・ビートやデアンジェロのネオソウルの影響は、イギリスではまったくないとは言わないまでも、それほど強くないような印象を受けるのですが、いかがでしょう?
モーゼス そうだね。それもやはり、自分達の文化背景を大切にしていることの表れなんじゃないかな。僕もロバート・グラスパーの大ファンで、彼が成し遂げた音楽への貢献は素晴らしいと思うし、クリス・デイヴはすごいと思う。でも、それはあくまでも“彼らの”文化であって、僕はそれを中途半端に取り入れようとは思わない。自分の文化背景を100%生かしたいんだ。
イギリスのミュージシャン達がやっているのは、まさにそれだと思う。僕が最初に挙げた過去の数十年の音楽はどれもイギリス発のもので、僕らは意識する、しないに関わらず、それらの音楽に影響を受けている。エズラ・コレクティヴやファイアー(F-IRE)・コレクティヴ、ユセフ・デイズやシャバカ・ハッチングス、セオン・クロスといった人達はみんな、自身の文化の中から表現を見出している。みんなデアンジェロも大好きでよく聴くけれど、僕らが世に送り出したいと思うものはあくまでも、自分達にとってより真実味があって、より正確に理解している自分達の文化を背景にしたものなんだ。
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