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    UKロックの代表格=カサビアンのイアン・マシューズが最新作、ルーツ、そしてBritish Drum Co.について語り尽くす!【Interview】

    • Interview:Satoshi Kishida
    • Translation:Atsushi Shimizu(ELECTORI CO.LTD.)
    • Special Thanks:ELECTORI CO.LTD./British Drum Co

    自分で枠を決めず常にオープンな状態で
    さまざまなミュージック・シーンで
    通用するドラマーでありたい

    ●ここからはあなたのドラマーとしてのキャリアについてお聞きしたいと思います。ネット上にあるあなたの紹介記事をいくつかを参照すると、幼少期、かなり早い時期から、ドラムに触れていたそうですね。ドラムに最初に触れた頃の記憶には、どんなものがありますか? 

    イアン 実際には4歳から始めた記憶があって、2歳くらいのときには台所とかで何かを叩いてた感覚もどこかにあるね。まだモノクロTVの時代で、番組でジャズ・ドラマーが叩いているのを見ていた記憶もあるし、確かに4歳の頃にPremierのOlympic Kitを買ってもらったんだ。父はピアニストでピアノを弾いて欲しかったみたいだけど、ピアノは嫌がったみたいで、ドラムに落ち着いたんだよね。

    ●7歳で、大人達とのバンドで、ドラマーとしてステージに上がっていたそうですが、7歳までの期間に、ドラムのどんなトレーニングをしたのですか?

    イアン 確かに7歳で演奏していたね。今ではイリーガルだけど、タバコ臭いバーで演奏していたね。父親がクラブ・ミュージシャンでもあったから、遊びでそこにあったドラムを叩いていたら、バンドで演奏することになって、そこからいろいろなミュージシャンが誘ってくれて、さまざまな音楽スタイルで演奏をすることができたね。みんながビックリしてくれて、父親もさらにいろいろな機会を与えてくれた感じだね。演奏したのは、クイックステップやタンゴといった70年代の古い音楽だったね。

    13〜14歳の頃にはブリストルの地元では、そこそこ有名なジャズ・バンドで演奏していたんだ。今ではそんなに若い年齢ではクラブで演奏することはかなわないけど、そういった経験が今になって生きている感じもするよね。

    そして4歳のときに習った、今は亡きマイク・ホルムウッドが最初のドラムの先生だった。 Brotherhood of Manのドラマーで、彼らは世界的にもポップ・シーンで有名になったバンドだ。10分間練習して、10分見本を示してもらい、それを数回続けたレッスンをしていたことを覚えている。彼からは常に自信を持って叩きなさいと言われていたね。あとは感覚を大事にとも言われた。それから、聴き手を意識するようにということも意識するように伝えられた。そして、徹底的にルーディメントやジャズ・インデペンデンスといったものを練習していたんだ。

    それからブリストル界隈では非常に有名なドラマー、エディ・クレイトンにも教わった。ポール・クリーヴァーがその次に教わったドラムの先生で、ラテン系のリズム・パターンを教えてもらった。特にスティーヴ・ガッドの影響もあったと思うね。

    そういった人達からバス・ドラムのヒール&トゥを教えてもらったり、その時代の最新の奏法を身に着けることができたと思う。彼ら3人のドラムの師匠が自分のプレイ・スタイルを形成するのに一番大きな影響を受けているかな。もちろん自身で勉強したこともあるけどね。

    さまざまな音楽ジャンルのバンドでセッション・ワークをする際に、彼ら3人から習ったことがとても役に立った。ラテン系でも、ポップス系でもジャズ系でも何でもそれなりに叩くことができたからね。譜面を見て演奏することが当然と思っていたので、譜面さえあれば、ほぼ何でも叩けたと思う。譜面が苦手なドラマーもいるけど自分自身としては、譜面があればほぼ大丈夫といった感じだったね。

    ●青年期からその後の期間で、効果的だったトレーニングや、現在に至るまでで、日常的にやっているトレーニングなどはありますか?

    イアン 特にオフの日は10〜15分間ほどスティック・コントロールやリバウンドの練習、あとはブラシを使った練習や、クリックを使ってのルーディメンツ、サンバ、タンゴ、ファンクなどのリズムの練習、それからキット全体を使って、クリックを聴きながら、叩くことをしていたね。基本的なドラムの練習はウォーミング・アップとして今でもやっているよ。

    ファンクやリニア・ブック、変拍子の練習もするけど、セッション用の音楽をバックに演奏することもあるね。YouTubeのミックスをバックに2時間ほど演奏することもある。レゲエ、ファンク、ジャズといったジャンルが中心かな。

    『Modern drummer』の記事を参考に練習することもあるしね。そこに譜面があれば、ボン・ジョヴィやエアロスミス、ビートルズの曲も練習として叩いてみることもあるよ。でもスネアを中心とした練習が一番多い気がする。日によってはまったく練習しないこともあるけど、ほぼ毎日最低でも10分は演奏しているかな。これがメタル系のドラマーならツーバスの練習がメインになるのだろうとは思うけどね。

    ●プロのドラマーになろうと心に決めたのはいつでしたか? 若い時期ですから、迷いなどはなかったですか?

    イアン 高校生のときには結婚式で演奏したり、クラブで演奏して収入を得ていたけど、高校卒業後は一応、いろいろと仕事やバイトをしたけど、19〜20歳くらいの頃かな。他にも仕事やバイトしたけど、絶対に向いてないと思ったんだよね。“何やってんだろ?”と自分で思っていて、いつもドラムのフレーズとかを頭に浮かべてたから、一旦、好きなドラムだけでどれだけ稼げるかをやってみることにして、それが未だに続いている感じかな。

    ●今はカサビアンのドラマーとして、世間はあなたをロック・ドラマーと認識しているわけですが、あなたは自分をどんなドラマーだと自己認識していますか? 

    イアン 特にジャンルに絞って自分自身では考えてないから、常にオープン・マインドな単なる”ドラマー“が一番しっくりくるかな。

    ●カサビアンのドラマーとして、現在あなたが目指していること、努力していることなどはありますか? 

    イアン SNSによってさまざまなドラマーの動画を見る機会が出てきて、ビックリするような演奏するドラマーもいたりするけど、特にジャズ系のドラマーからインスピレーションを受けることが多いかな、特にベニー・グレブはとても参考にもなる。特にジャズ・ドラミングに関してね。あと、ジョジョ・メイヤーも好きなドラマーの1人だね。個人的にも2人にはあったことがあるけど、人として素晴らしい方々だったよ。

    イギリスのドラム雑誌のバック・ナンバーをパンデミック中に読み返してたんだよね。1984年だったかな、ロッド・モーゲンスタインのコラムからも得るものがあったし、まだまだ80年代に生きている感じだね。

    パンデミックの期間、一番親しい友人と連絡をとって、“これからどうする?”といった話が出たときに。カサビアンが仮にストップしてもドラマーとして地元のクラブで演奏したり、ロンドンやパリでさまざまなセッションに参加することを、もっと積極的に行うといった話もしてたんだよね。

    実際ツーバスの練習もちょっとやってみたりした。これはもっとスムーズに踏めないといわゆるメタル系で通用させるにはまだまだかな(笑)? とにかく自分自身で枠を決めずに常にオープンな状態で、さまざまなミュージック・シーンで通用するドラマーでありたい、というパッションが強いんだと思う。

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