PLAYER
UP
チャド・スミス[レッド・ホット・チリ・ペッパーズ]が語るファンクの極意|誕生日に読む1996年の初表紙インタビュー【アーカイヴ】
10月25日は、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのドラマー、チャド・スミスの誕生日。これを記念して、チャドが初めてドラム・マガジンの表紙を飾った1996年2月号から、インタビューの一部を抜粋して紹介する。原典は米『Modern Drummer』1994年12月号に掲載されたもので、『ワン・ホット・ミニット』制作期のチャドが、フリー(b)とのコンビネーションやグルーヴへのこだわり、ハイハットの魅力などを率直に語っている。
曲をファンクさせるにはハイハットが一番さ
フリーとのコンビネーションと
グルーヴへのこだわり
チャド:俺にとっちゃ、プレイするとはあいつらのケツを蹴りまくることだね。当然、音楽自体にダイナミクスがあるけど、俺はいつだって真正直にパワフルでソリッドでいなくちゃいけない。ツアーが始まったばかりの頃にはエネルギーを一定に保つことを考えたりするけど、手がつけられないほどエキサイトしちゃうと、そんなことはすっぽり忘れて、アクセルを全開にするんだ。それで、もしライブが終わる頃に死にそうになったら、次の夜は馬鹿騒ぎを控えるってわけだ。
●興奮したときに演奏のテンポが狂ったりしませんか?
チャド:いや、狂ったりはしないよ。ウッドストックでプレイしたときもこんな感じでは(と言ってチャドは「ギヴ・イット・アウェイ」を2倍の速さで叩く振りをしながら歌う)暴発しはしなかったぜ。結局リラックスすることが大切なんだ。フリーはテンポをキープするのがうまいんだよ。デイヴは興奮するタチだからいつでも俺にカウントさせりゃあ、昔は速く叩いてしまうこともあったから、テープに録音してチェックしてたよ。でも今は「俺の気分はこのレベルだぜ」って考えているうちに、アドレナリンの出しすぎが中和されて、落ち着くべき場所に落ち着くし、他のメンバーも「それだぜ」って感じになる。
俺はモタつくことなく十分な厚みを持ったサウンドを叩き出しながら、すべてのプレイに100%の価値を与えるぞって思って叩いているんだ。俺たちはこういった精神的な駆け引きを行なっているのさ。つまり「スピードを少し落とせ。でもエキサイティングなプレイをしろ。落ち着くべき場所に持って行け。でもその場所にたどり着いたら一気に進め」ってね。そして最終的に少しでもエキサイトできたらそれでよしってわけだ。
●あなたの教則ビデオで……。
チャド:あれ、見たのかい?
●もちろん見ましたよ。
チャド:じゃあ俺の手の内はすべて知っているってわけだ!?
●このカバンにはあなたの教則本も入っているんです。
チャド:マジかよ〜! 頼む、これ以上、俺を責めないでくれ。
●ビデオや本をまだ持っていない人に……。
チャド:店に行って買ってくれ。1本につき、確か20セントの印税が入るからさ(笑)。
●あの中でシングル・バスについて話していますよね。
チャド:ああ、1つには俺が昔からずっとジョン・ボーナムの大ファンだったことがあるね。ボーナムのシングル・バスは素晴らしいの一言だろう。また、もしダブル・バスを手に入れたら、俺は間違いなくダブル・バスをバシバシ入れたくなるってわかっているんだ。だって俺にとっては新しい玩具ってことになるからね。実際に自宅にはダブル・バスが置いてあるし、練習もしているし、効果的に使うことができるって知ってもいるけど、どうも俺はあれこれ、いいわけを考えては使わないようにしているのかもしれないな。チリ・ペッパーズの演奏面を考えると、フリーはスナップを利かせて非常にパーカッシブにプレイするんだ。そんなときに他はボトムを邪魔したくないんだ。
●あなたはシングル・バスでシンコペートしたパートをたくさん叩きますね。でもそういったパートを叩きながら、ハイハットはつねに4分や8分音符を叩き続けるというのは、かなりきついことだと思います。このようなプレイが自由にできる柔らかい頭を作るために、何か特別なトレーニングをしたのですか?
チャド:昔、ハイハットをストレートな4分で叩き、同時に3連符を叩いたり、最初に左足は6拍子、右足は4拍子でプレイし、それをスイッチしてプレイする練習などをやっていたね。うまくできるようになるには、とにかく頭の中を鍛えることが先決なんだ。こっちの腕で何かをやっていて、もう一方の腕でまったく違うことができるといえるほど完全な両手利きってわけじゃないから、いまだに俺も難しいものがあるよ。
●速いバスドラのプレイも多用しますが、音符がクリアに聴こえるための何か特別な方法があるのでしょうか?
チャド:俺がやっていることといったら、ユーホール(アメリカの大手運送業者)のパッキング用毛布を折りたたんでドラムの中に突っ込み、フロント・ヘッドを元に戻すだけ。ライヴ用にチューニングする場合は、同時にレモのファラム・スラムというインパクト・パッドも使うんだけど、しわを1ヵ所できゅっと絞るような感じでヘッドをとても緩くチューニングするんだ。それくらい緩いヘッドに慣れたら、本当にパンチのある音が出せるようになる。アタックもすごくよく聴こえるしね。でもドラム・キットのうしろ側で良い音に聴こえても、キットの前面にまわってみてサウンドをチェックすべきだ。前側でもよい音が出ているってことを確認しなきゃな。とにかく俺はこの方法でうまくいっているよ。
手数よりも大切なのは曲全体のグルーヴ

●「チャドの曲の流れを考えて叩くところが好きだ」とリハーサルでアンソニーが言っていたのですが、自分が叩きすぎではないかと思った場合に、ある程度の決断を迫られることはありますか?
チャド:そりゃあ、ありありの大ありだよ。フリーと2人で単純にジャムっているうちにパートが浮かんできて、お互いのパートをプレイし合うことが多々あるんだ。で、浮かんできたものによっては、自分のパートをシンプルにすることもあるのさ。またフリーが俺の手や足が叩いている音符をピックアップし、フリーのプレイに沿って俺がアクセントをつけることもある。こうしてでき上がったものの多くは忙し過ぎる感じだから、最終的に重要な音符だけをピックアップしなきゃいけなくなるんだ。
バンドとしてのプレイを決める場合には、他のメンバーのプレイをよく聴くことに尽きるね。曲全体のノリがどんなものか、デイヴが何をプレイしているか、ヴォーカルはどうなっているか……つまり曲に必要なものをプレイするってことなんだよ。俺は少しずつ加速しながら成熟してきているって思うね。以前と比べたら手数は少なくなっているとも思うんだ。それに最近はグルーヴを重点的に捉えているし、他のドラマーが「うわぁ、カッコいい」って言うような飾り立てたパートには興味がないんだよ。もっと全体的なフィーリングを考えているのさ。
『ブラッド・シュガー〜』と新作(『ワン・ホット・ミニット』)のプロデューサー、リック・ルービンは全体のフィーリングをつかむのが本当にうまいんだよ。よく「それじゃあ忙し過ぎる。半分にしろ」とか、言われてさ。『ブラッド・シュガー〜』と比べたら絶対に新作の方が曲を練り上げているね。「それじゃあ、2番目のバースでお前は何をするの? ちょっとフリーと2人でやってみて。OK、次はお前1人でやって……だめだめ、そうじゃなくて、こっちの方……クラッシュをここでプレイして……それでいい……それはそうじゃなく」って感じで、リックはいっぱい意見をたくさん出してくれたよ。
●あなたのプレイにそこまで細かく指図する人と一緒に仕事をするのは、慣れるのに大変なのでは?
チャド:自分のエゴを少し抑えることができたら大丈夫だよ。俺はリックを認めているし、尊敬している。本当に音楽的だし、とても的確なんだ。空間に対する概念も素晴らしいものを持っているんだよ。彼のバックグラウンドもすごいって思うしね。確かにいつでも彼に賛成するってわけではないし、実際によく2〜3発殴ったこともあるけど(!)、これはケンカじゃなくて2人のアーティストが共通するビジョンを見つけようとして努力している姿なんだ。彼以外だって、たとえばフリーでも、デイヴでも、とにかくバンドのメンバーであれば誰でも発言していいのさ。俺は言われたことはすべてトライしてみるからね。
●さっきバスドラの話をしたので、今度はハイハットについてお願いします。
チャド:かつての俺は、常にハイハットを十分過ぎるくらいラウドにプレイしていた。バーティ専用バンド(ホーム・パーティなどに雇われて演奏する)で叩いていた頃に、ドラムにはマイクがないような状況でばかり演奏していたせいなんだ。ホント、俺はラウドでパチャパチャしたサウンドが大好きでね。ただ最近は少しばかり柔軟になってきて、オープン・ハットの音も好きだよ。なにか、叩いているぜって感じの音がするんだよな。
●あなたはハイハットを心底楽しんで叩いているし、ハイハットでさまざまな色を加えていると思いますよ。
チャド:ハイハットはすごい楽器だよ。何年か前にジーン・クルーパのトリビュート・イベントがあったんだ。そうしたらドラマーが次から次へと現れて、腕を披露しまくって、全員がソロをやるわけ。そこにジョー・ジョーンズがハイハットだけ持って現れて、他のみんなをぶっ飛ばしたのさ。ホント、すごいなんてもんじゃない。俺はライド・シンバルなんかよりもハイハットの大ファンなんだ。特にファンクをプレイする場合、ハイハットを使うととてもうまくアクセントをつけることができる。オープンやクローズのさまざまなサウンドを使ってね。間違いなく叩くのが大好きな楽器の1つだよ。ハイハットには多様な個性が詰まっているんだ。
*本記事は『リズム&ドラム・マガジン』1996年2月号に掲載されたインタビューから一部を抜粋したものです。原典は米『Modern Drummer』1994年12月号。本文中の発言や情報は取材当時のものです。
