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Roy Haynes -大坂昌彦が語るLegend Jazz Drummer –

  • Interview & Text:Rhythm & Drums Magazine

本日3月13日はジャズ・シーンの生ける伝説、ロイ・ヘインズの誕生日。何と今年で96歳になるそうです! 2019年は自身のグループを率いてライヴを行い、新型コロナ・ウイルスの影響で中止にはなったものの、昨年の誕生日にはブルーノートNYで記念ライヴが予定されるなど、まだまだ現役の様子。そんなレジェンドを語り継ぐべく、ここでは日本を代表するジャズ・ドラマー、大坂昌彦がロイ・ヘインズについて語った2017年11月号の記事を掲載!

お洒落にしていたい人のようで
必ず分厚いウェスタン・ブーツを履いて
カウボーイ・ハットを被って演奏していた

2015年は90歳を祝うライヴをブルーノート東京で開催! 力強いドラミングを繰り広げ、さらにステージ上でタップ・ダンスも披露するなど、圧巻のパフォーマンスで喝采を浴びた。

ロイ・ヘインズと言えば、僕の中では何といってもチック・コリアですね。1968年録音の名盤『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス』はもちろんですが、僕が子供の頃から(ロイ・ヘインズとチック・コリアは)何度も来日していたので、その頃から観ているんです。高校生の頃に発売されたチック・コリアの『スリー・カルテッツ』というアルバムがあって、ドラムはスティーヴ・ガッドが叩いていて、エディ・ゴメス、マイケル・ブレッカーらも参加していたんですけど、日本に来たときのドラムはロイ・ヘインズでしたね。とにかくよく来日していたんです。

名盤『ナウ・ヒー・シングス〜』のとき、ちょうど試作品だったフラット・ライドをロイが使っていて、“何だこのシンバルの音は!?”みたいになって。もちろん、彼は当時すでにジャズ・ドラマーとして有名でしたけど、そのフラット・ライドを使ったときに、より、“やっぱりロイ・ヘインズはすごいんじゃないか”という話になったんですよ。このアルバムは僕にとって本当に衝撃的でした。当時彼はボストンに住んでいたから、バークリー音楽大学に行っていたときは何度も観たし、実際に喋ったこともあるんです。他誌ですが、ロイ本人にインタビューしたこともあって、とにかくお洒落にしていたい人のようでしたね。いつ見てもスーツは着ていなくて、必ず分厚いウェスタン・ブーツを履いて、カウボーイ・ハットを被って演奏していたのを覚えています。僕がボストンで見たときは60歳手前くらいでしたけど、とてもシャキシャキしていたし、歯切れも良くて。今はヤマハのセットを使っていますけど、そのときは3点のラディックでした。シンバルはトレードマークとも言えるフラット・ライドも使っていましたけど、いわゆる標準的なライドも3つくらい置いてあったし、フラット・ライドばかりっていう感じではなかったですね。よく来日していた1970〜80年代はシングル・ヘッド・タム……いわゆるメロディック・タムを並べてのプレイもしていましたね。

以前ロイにインタビューしたときに本人が言っていたんですけど、もともと彼はチック・コリアの親父さんとレコーディングをやっていたらしいんです。チックの父親はヴィブラフォン・プレイヤーで、「息子のレコーディングをやってくれないか?」と頼まれたらしく、チックとはレコーディング・スタジオで初めて会ったそうなんですよ。チックとベースのミロスラフ・ヴィトウス、そこにロイが入るということで、「これは何か新しいことができるんじゃないかと思った」と彼自身が話していて、チックも同じようなことを思っていたそうです。そこで当時プロトタイプだったフラット・ライドを持って行った……と話していたましたけど、話を盛っている可能性もあるから、どこまで本当かどうかわかりませんが(笑)。とは言え、アルバムは斬新で、本当に刺激的でした。ロイは、チャーリー・パーカーとも共演しているし、諸説ありますがエルヴィン(ジョーンズ)のトラ(代理)で、(ジョン)コルトレーンでもやっていた。『インプレッションズ』という作品としても残っていますしね。

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