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ディアンジェロが追究するリズム、“昇華”に留まらないOvallのオリジナリティ【the band apart 木暮栄一 連載 #3】

  • Text:eiichi kogrey[the band apart]

the band apartのサウンドの屋台骨を担う木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介していく本連載。第3回では、クエストラヴが参加したディアンジェロの名盤収録曲、そしてmabanuaのアプローチが光るOvallの楽曲をフィーチャー!

ディアンジェロ
「Feel Like Makin’ Love」

キックのゴースト・ノートやスネアとクラップの絶妙なランダム性
クールな演奏の奥に不思議な熱が渦巻いた唯一無二のトラック

d:クエストラヴ

ラギッドなサンプル・エディットとクオンタイズされていないループ・ビートで、のちのビートメイカーに多大な影響を与えたJ・ディラ。そんな彼が、ディアンジェロD’Angelo)が2000年にリリースしたアルバム『Voodoo』収録の「Feel Like Makin’ Love」に共同プロデューサーとして関与していた、という話がある。

ドラム・マガジンの過去インタビューや製作陣周辺の発言などを調べると、結局のところ実際に共同作業までしていたかは定かではないものの、この曲のドラムを演奏したクエストラヴがJ・ディラのビート感を意識していたことは確かなようだ。

マリーナ・ショウによるスムースな原曲に、洒脱で肉感的な奥深いムードを加えたディアンジェロの「Feel Like Makin’ Love」カヴァーは、テープの速度を変えて多重録音された幽玄なヴォーカル、くぐもった低音の質感など、サウンド面の創意工夫もさることながら、鍵となっているのはやはり全体のリズムである。

キックのゴースト・ノートやスネアとクラップの絶妙なランダム性は、グリッド基準の幾何学的な整合感から見れば不必要と言ってもおかしくない要素であるにも関わらず、ベースは伸び縮みしながらドラムと歩幅を合わせ、ギター/鍵盤はその土台の上で絡み合い、離れては寄り添い、結果として、クールな演奏の奥に不思議な熱が渦巻いた唯一無二のトラックに仕上がっている。

DAWの普及以降、今となってはBPMや歌のピッチがズレている音楽を見つける方が難しいくらいだが、AI音楽ソフトにプロンプトを入力すればある程度のクオリティの楽曲が生成できる時代において、“人間が作り演奏する音楽”の魅力の根源についてあらためて考えるとき、メトロノームなしの一発録音が当たり前だった時代の音楽、あるいはマシン・ビートを通過した上であえてクオンタイズを無視する選択をしたディアンジェロやJ・ディラのトライアルの足跡は、大きなヒントになるのではないかと思う。

Ovall
「Feverish Imagination」

クリス・デイヴと同じベクトルで
“揺れるビート”感を再現するmabanuaのアプローチ

d:mabanua

J・ディラの“揺れるビート”感を部分的なポリリズムとして捉え、サンプラー特有のコンプレッションをチューニングやミュートで再現し、実演奏に反映させたのがクリス・デイヴ

2012年にリリースされたロバート・グラスパー・エクスペリメント『Black Radio』でそのアプローチの集大成を聴くことができる。

わかりやすいところで言えば、6トラック目の「Move Love」における4/4のキック+スネアと、6/8のハイハット(タンバリン)の組み合わせなどだが、全体的(特にハイハット)に絶妙な揺れがある。

こうした楽譜には起こしきれない(めんどくさすぎる笑)揺れの感覚を、同時期の日本で楽曲に落とし込んでいたドラマーは何人かいたが、そのうちの1人が音楽作家/プロデューサーとしても活躍するmabanuaで、彼のバンド=Ovallが2011年にリリースしたEP「Heart Fever」収録の「Feverish Imagination」では、上記のクリス・デイヴと同じベクトルのアプローチを聴くことができる。

やはり特徴的なのはハイハットで、6/8に近いニュアンスが多いものの、楽曲の展開と伴奏のフレージングによっては4/4寄りに聴こえたりもする。完璧にどちらかに振り切る場面はほぼないと言っていい。

サンプリング・ループという手法を生み出したビートメイカーたちは、元々の楽曲のケーデンス(Dm→G7→Cのようなコード進行の常套句)や調性を切り刻み、時に理論でも説明のつかないようなコードの連結を無自覚に開拓してきたとも言えるが、ロバート・グラスパーはそうしたフレッシュな構造と響きにインスパイアされて、革新的な『Black Radio』を生み出した。

OvallのEP「Heart Fever」は、J・ディラやディアンジェロ以降のビート感を昇華しつつも、その上に乗る和音やメロディに関してはよりポップで叙情的、構成も丁寧に作られている。このあたりに“たらこパスタ”的な換骨奪胎を感じさせるのがとても良い。

同EPに収録されている「Moon Beams」にしても、今や世界のベッドルームを席巻しているローファイ・ヒップホップ、あるいはそうした叙情性と時代を象徴するビートを掛け合わせたスタイルの先達であるNujabesに通じるような、タイムレスな魅力を湛えている。

今年リリースされたEP「Silent Storm」ではそんな彼らの最新形が聴けるので、気になる方はチェックしてみてください。

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。

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