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    【R.I.P.】数々の名演を残した早熟の天才ドラマー、フレッド・ホワイト急逝

    • Photo:Rob Verhorst/Getty Images

    16歳でダニー・ハサウェイの傑作『Live』に参加し、アース・ウィンド&ファイアーのメンバーとしても活躍した名ドラマー、フレッド・ホワイトが1月1日に急逝。彼の兄であり、アースで活動を共にしたヴァーダイン・ホワイトがInstagramに投稿。享年67歳であった。

    フレディ・ホワイト(Fredrick Eugene White)は1955年生まれ。イリノイ州シカゴ出身。音楽一家に生まれ、兄であり、60年代当時スタジオ・ドラマーとして活動していたモーリス・ホワイトの影響でスティックを握り、10代にしてドラマーとしてのキャリアをスタート。

    フレッドが15歳であった1970年にリリースされたマリリン・ヘイウッドの「Mama’s Baby(Ain’t a Baby No More)」にドラマーとして参加。また、シカゴを中心に活動していたグループ、Peaces of Peaceにも参加し、同じく1970年に発表された「Pass It On」に名前がクレジットされるなど、早熟の天才ドラマーとして注目を集めた。

    そして翌1972年、ダニー・ハサウェイのツアー・メンバーに抜擢。同年8月に行われたLAのトルバドール公演と、NYのビター・エンド公演の演奏を抜粋し、72年に『Live』としてリリース。フレッドは弱冠16歳にして後世に語り継がれる歴史的傑作に名演を残すこととなった。

    ダニーとの活動は72年まで続き、その後は73年発表のウィリー・ハッチの『Fully Exposed』や74年に発表されたキャストン&メジャーズの『Caston & Majors』など、モータウン・レーベルのレコーディング・セッションに参加。

    リッチー・ヘイワードが一時的に解雇された時期のリトル・フィートでもプレイしており、「Spanish Moon」のシングル・バージョンにはフレッドの名前がクレジットされている。

    そして74年、すでにデビューを果たしていた兄=モーリスが結成したバンド、アース・ウィンド&ファイアーに参加。ディスコ・ブームを牽引したバンドの黄金期を支え、84年の活動休止までに9枚のオリジナル・アルバムに参加している。

    アース・ウィンド&ファイアーは87年に活動を再開するも、フレッドは参加することはなかったが、2000年にグループがロックの殿堂入りを果たした式典でプレイ。タイトなサウンド&グルーヴを繰り広げてくれたことを覚えている人も多いのではないだろうか。

    ヴァーダインはInstagramの投稿の中で、“彼は永遠に私達の心の中で生き続けるだろう”と綴っているが、フレッドが残した名演の数々は、これからも語り継がれていくことだろう。

    心よりご冥福をお祈りいたします。