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【連載】博士 山本拓矢がデジマートで見つけた今月の逸品 ♯20〜PAiSTe Flat Ride〜
- Text:Takuya Yamamoto
- illustration:Yu Shiozaki
第20回:PAiSTe Flat Ride
ドラム博士=山本拓矢が、定番商品や埋もれた名器/名品など、今あらためて注目すべき楽器たちを、楽器ECサイトであるデジマート(https://www.digimart.net/)で見つけ、独断と偏見を交えて紹介する連載コラム。20回の節目を迎えた今回は、数々のトップ・ドラマー達を魅了してきたパイステ・シンバルのラインナップの中から、フラット・ライドにフォーカスします!
ついに連載20回目です! いつもお読みいただき、ありがとうございます! この連載のおかげで、使うことはないものの好きな楽器があったことを思い出したり、新製品への感度を失わずに済んだり、ドラマー同士で音や楽器について話し合うきっかけが生まれたりと、良いサイクルが生まれました。
新製品から定番製品まで、幅広く取り扱うことで、音楽のトレンドによって生じる楽器の変化や、演奏者や楽器メーカーが仕掛け人となって生まれた楽器が、音楽に変化を促したりする構図など、さまざまな相互作用があらためて整理できて、音色の取り扱いについてのアプローチの幅も広がったような気がします。まだまだ紹介すべきと感じる楽器は尽きませんので、引き続きよろしくお願いいたします。
さて、今回は、初回のCOBスネアを思い出しながら、少し広いターゲットを定めてみました。PAiSTeのフラット・ライドに注目していきます。
今月の逸品 【Formula 602 Classic Medium Flatride 20″】
シンバルの歴史に対して、フラット・ライドの歴史は浅く、PAiSTe公式によると、1960年代の後半にベルのないシンバルのアイディアを開発したそうです。少なくとも、当時のカタログによって、1968年には存在してたことが確認できますが、 シリアル・ナンバーから1967年と推定する説もあれば、1966年に登場したことをRobert Paisteが追認しているとも読み取れるインタビュー記事が残っている一方、1964年にPAISTeのファースト・フラット・ライドが紹介されたと記載された文献が存在していたりもして、特定するには詳しい調査が必要な領域です。
開発が始まった当初は冗談のつもりという側面もあったようですが、実際に出来上がってきた楽器のサウンドは、個性的かつ実用的でした。市場には1960年代製と思われるZildjianのフラット・トップが存在しており、登場してすぐに他社の追随が始まっているとみられます。
フラットなシンバルの特性としては、控えめで、安定した音量が挙げられます。倍音は少なく、音色も明らかに異なります。他の楽器を覆い隠すような鳴り方になりにくいため、小さな音量でもはっきりと聴こえる状況が生まれやすいなど、普通のシンバルの振る舞いに慣れていると、不思議な感覚を覚える楽器です。
当初は「少人数編成のバンドや、ベース・ソロ、シンガー、弦楽オーケストラの伴奏に適している」と紹介されていましたが、楽器そのもののポテンシャルに加え、PAや録音技術の発達もあり、活用できるシーンが広がっていったのではないか、と考えています。
2020年にSABIANがRoyalty Ride 18”を期間限定で受注生産、2021年にはSerenity Flat Ride 21”を限定販売するなど、各社から話題性のある楽器が投入される最中、フラットの元祖たるPAiSTeが、2022年にラインナップの拡充と強化を発表しました。
前述の追加時点における商品構成は以下の通りです。
Masters Dark Flat Ride 20″ / 22″
Signature Traditionals Light Flat Ride 20″ / 22″
Formula 602 Classic Medium Flatride 20″
Formula 602 Classic Thin Flatride 18″ / 20″ / 22″
2002 Flatride 18″ / 20″
※Flat RideとFlatrideが混在しているのは、公式の表記そのままです。
実際のところ、2022末頃から実店舗に少しずつ入荷はしていたものの、すぐに店頭から消える状況が続いていて、つい最近なってようやく流通が確認できるような状況になったような印象です。
いくつかは実際に試していて、どれも魅力的な要素があります。個人的にフラットは20”派だったのですが、Signature Traditionals Light Flat Ride 22″に関しては、PAiSTe独自の合金ならではのシャキッとした煌びやかさはもちろん、ピッチ感とクリアさ、タッチのバランスが非常に好みのタイプで、考えを改めるに至りました。固定観念にとらわれず、フィットするものを選んでもらえたらとは思いますが、もし、おすすめの1枚を選ぶとしたら、やはりFormula 602 Classic Medium Flatride 20”がその筆頭になるでしょう。
フラット・シンバルの原点であり、どこまでも透き通った音色は、シンプルに美しさを感じさせます。原点ではありますが、素材、厚み、カーブ、口径、ハンマリング、レイジングといった、シンバルのスペックとも言える各項目が、フラットな形状によって生じる不利な傾向を補いつつ、優れた点を際立たせる組み合わせである、という点も見逃せません。例えば、音量が小さくなりすぎないような厚みは、程良くヌケてくる高めのピッチや、撓みの少なさによる音色の安定などにつながっていて、他のフラットを一周してからここに戻ってくると、シンバル設計の難しさが再認識できるほどです。
小音量のメリットが最大限発揮できる、限られた音量で演奏する必要があるシーンはもちろん、音色を生かしたアプローチで、音楽に調和と推進力を与えるなど、スタジオでの録音、オーバー・ダブまで視野に入れると、ジャンルを問わず、あらゆるシーンで活躍できる可能性があります。
唯一、ほとんどクラッシュできない(エッジをショルダーでショットしても、大きな音で伸びやかに鳴らない)という、利点とは言い難い特徴がありますが、後続の製品にはこれをクリアしたものも登場してきています。
PAiSTeに限らず、ここまで多くのバリエーションが流通している状況は、なかなかなかったので、この機会にフラット・シンバルの魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
Profile
ヤマモトタクヤ●1987年生まれ。12歳でドラムに出会い、高校時代よりプレイヤーとして音楽活動を開始。卒業と同時に入学したヤマハ音楽院にて、さまざまなジャンルに触れ、演奏活動の中心をジャズとクラブ・ミュージックに据え、2013年、bohemianvoodooに加入。 音楽と楽器の知識・スキルを生かして、ドラム・チューナーとしてレコーディングをサポートしたり、インタビュー記事や論説などの執筆業を行うなど、音楽全般への貢献を使命として活動中。
Twitter:https://twitter.com/takuya_yamamoto
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