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ビートを進化させたエイフェックス・ツイン、マシンを超えたJD・ベック【the band apart 木暮栄一 連載 #1】

  • Text:eiichi kogrey[the band apart]

多彩なジャンルを生かした音楽性と確かなテクニックで支持を集めるthe band apart。そのサウンドの屋台骨を担い、作詞作曲にも携わる木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介する連載がスタート! 第1回では、木暮のルーツ・ミュージックでもあり、ビートに革新をもたらしたクリエイターと、プログラミングをアコースティック・ドラムでのプレイに昇華したドラマーという関係値をテーマにセレクトされた2曲をお届け。

エイフェックス・ツイン
「Girl/Boy Song」

キックとスネアで
グルーヴの屋台骨を担うという
通念からの解放

90年代初期、それまでのテクノにあったマシーナリーなイメージとは一線を画した音像でキャリアをスタートさせたエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスは、その頃に隆盛を見せていたレイヴ・カルチャーの系譜、あるいは自らが先鞭をつけたアンビエント・サマーなどのムーブメントを飄々と裏切りながらも、非常に作家性の高い音楽を生み出し続けてきた。 

現在に比べたら信じられないくらい多作だった彼の、第1期の完成形とされているのが1996年の『Richard D. James Album』で、「Girl/Boy Song」はそこから先行EPとしてリリースされたリード・トラック。この曲で聴けるスピーディーで情報量の多いビートのスタイルは、同時期にブレイク・ビーツから派生する形で生まれたジャングル/ドラムンベースの影響下にあることは間違いない。

しかしドラムンベースが反復を主としたダンス・ミュージックのグルーヴへ回帰していくのとは反対に、「Girl/Boy Song」は彼の作品の中でも特に、キックとスネアでグルーヴの屋台骨を担うという通念から解放されている。

誰もが人生のどこかで耳にしたことがあるだろうストリングスの古典的/懐旧的な響きと、パターンの予測できない自由なビートの美しい対比。最初から最後までドラムが主役になってストーリーを紡いでいく、こんな音楽をそれまで僕は聴いたことがなかった。古い写真のような、薄く霞がかった全体の音像の正体はおそらくサブ・ベースで、制作過程のどこかでテープ録音を経ているがゆえの副産物ではないかと思う。その不思議な求心力は今聴いても色褪せていないし、楽曲の端々からはいつでもタイトル通りの無邪気な衝動とノスタルジーが零れ落ちてくる。

エイフェックス・ツイン、あるいはスクエアプッシャーなどの、後に“IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)”や“ドリルンベース“と呼ばれるジャンルの先人たちが作ったビートのスタイル/発想は、個人的にはJ・ディラと並んでそれ以降のトラック・メイカーはもちろん、ドラマーにも大きな影響をもたらしたと思っています。

ドミ&JD・ベック
「WHATUP」

複雑なプログラミングと
音色が醸すムードを
身体性と共にアップデート

J・ディラの揺れるリズム・ループをポリリズミックに肉体化したのがクリス・デイヴだとしたら、エイフェックス・ツインの複雑なプログラミングと音色が醸すムードを身体性と共にアップデートしたのはJD・ベック……というのが僕の私感だが、彼の登場以前にも、ドラムンベースに触発されたアプローチとしてジョジョ・メイヤーを筆頭に多くのドラマーがそのビートをトレースしてきた。ドラムンベースの源流であるジャングルの高速ブレイクビーツは、そもそも回転数を上げた古いレコードのサンプリングなので、耳の聡いドラマーたちが実演奏との親和性を見出すのも頷ける話だ。

しかし、この世代におけるアプローチの多くは、パターンの再現と援用(それだけでも十分すごいけど)であり、サンプリング、あるいはドラム・マシンやシーケンサー特有の音色とムードにまで注目しているドラマーは少なかったように思う。

JD・ベックは、そうした先達の足跡を驚異的な演奏力で再現/更新するにとどまらず、 ミュートやチューニング、繊細なタッチによって、マシン・ビートのムードを当たり前のようにアコースティック・ドラムに落とし込んでいる。

SNSでオーバーオールを着た少年の精密なドラミングを発見した時に受けた新時代感は今も忘れられないが、その演奏には当然人肌の抑揚があり、むしろそのことが、プログラミングにも関わらずどこか有機的な温度を湛えているエイフェックス・ツインの音楽をより想起させるのかもしれない。

そんなJD・ベックが、相棒であるドミと共にアルバム『NOT TiGHT』をリリースしたのが2022年。その2曲目に収録されている「WHATUP」では、上述したエイフェックス・ツイン由来のビート感を存分に味わうことができる。

その卓越したドラミングだけでも十分魅力的なのだが、そこに絡んでくるドミの鍵盤演奏もまた素晴らしい。B♭m7(11th) から始まる美しいイントロが、一連の流れはそのままにAm7(11th) スタートに転調、雪崩れ込んでくるビートに乗せられ、ジェットコースターのようにさまざまな景色が通り過ぎていく。音楽の喜びに溢れた、カラフルで幸福な2分半の旅。

アカデミック/ ポピュラー/アンダーグラウンドがジャンルレスに入り混じった音楽性は、古今東西の音楽が並列になったストリーミング時代を象徴している感もある……が、そんなことはどうでも良くて、まずはこの素敵なジェットコースターに乗ってみてほしいです。

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。

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