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【Report】山口智史がミュージシャンズ・ジストニアの研究成果を発表!〜I第17回国際音楽知覚認知学会―第7回アジア太平洋音楽認知科学会7〜

  • Text:Shinichi Takeuchi

RADWIMPSの山口智史は、2015年からドラマーとしての活動を休止している。その原因となったのがミュージシャンズ・ジストニア。これは、自身の身体を思うようにコントロールできなくなってしまう病気で、山口も休養に入る数年前から、演奏時に違和感を覚えるようになっていたという。

そんな山口は現在、慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也氏と共に、自身も抱えるミュージシャンズ・ジストニアの原因を究明すべく、研究を行っている。本誌では山口と藤井氏の対談を行い、多くのドラマーにアンケートを呼びかけることで、微力ながら彼らの研究の支援してきた……ということはこれまで本誌でもお伝えしてきた。

アンケートは2022年6月に募集を終了し、1003人のドラマーから回答を得た。山口を含めた研究チームはそのアンケート結果を解析し、研究を進めてきた。そしてこの度、ここまでの研究の成果を発表する機会を得た。それが2023年8月末に東京で行われた、第17回国際音楽知覚認知学会―第7回アジア太平洋音楽認知科学会「ICMPC17―APSCOM7」 への参加である。

研究発表は、1枚のポスターに研究内容をわかりやすく書き示し、それを使って解説するという形式。“○時から○時に発表”という予め決められた時間枠で、貼り出されたポスターの前に来場者が訪れると、その都度、山口が解説するという形式だった。

しかも国際学会ということで、海外からも多くの研究者が来場しているため、ポスターに書かれている文章も英語なら、山口の解説も英語。初めての研究発表としては、少々ハードルが高いものだったのではないかと想像するが、山口は、ポスターに描かれた図版などを指し示しながら、英語で流暢に説明していった。

しかも、研究内容を一方的に話すだけではなく、来場者からのさまざまな質問にも英語でしっかりと受け答えしていたのが印象的だった。その堂々とした姿からは、ミュージシャンズ・ジストニアの原因究明にかける思いのようなものを感じずにはいられなかった。

さて、山口が発表した研究内容の一部を抜粋し、簡単に書き起こしておきたい。

「この研究は、ドラマーの身体の不調について、その実態を広く調査するというものです。これまでの研究では、鍵盤楽器奏者、弦楽器奏者、管楽器奏者などを演奏する音楽家を対象に、音楽家の身体の不調について、多くの研究が進められてきました。これまでの研究では、プロの音楽家におけるジストニアの発症率は、約1%という報告があります(Altenmüller & Jabusch, 2010/※1)。また、ジストニアの症状が発症する身体部位は、例えば、鍵盤楽器奏者の右手や、擦弦楽器奏者の左手など、技術的によく使用する身体部位でよく報告されています(Conti et al., 2008/※2)。しかしながら、ドラマーのみを対象とした大規模な調査は、これまで行われていませんでした。

アンケートは、ドラムの専門誌『リズム&ドラム・マガジン』の協力を得て、202名のプロと、801名のアマチュアの合計1003人のドラマーの回答を分析しました。どんな音楽を演奏しているのか、どんな練習をしてきたのか、その練習はどのくらいの時間行っているのか、そして、身体不調に関する診断歴あるのかなど、多くの設問に答えてもらいました。

その結果、”医療機関を受診し、ジストニアの診断を受けた”と報告したドラマーは、プロでは8.9%、アマチュアは0.6%という数値になりました。プロとアマではかなりの差があることが見て取れます。

そして罹患部位について。一番多いのが右足で、次が左手という結果が得られました。ミュージシャンズ・ジストニアは技術的な負担が多い部位、使用頻度の高い部位に発症しやすいと多いと言われています。その考えからすると、ドラマーの場合、使用頻度が高いのは右手ということになるのですが、今回の結果は異なるもので、とても興味深いものでした

いかがだろうか。筆者も数名のドラマーから右足の不調について聞かされたことがあるが、今思えば、それはジストニアの症状だったのかもしれない。そのドラマー達はいずれも、やはり右足の不調が大きなストレスになっていたようなので、山口の研究が進むことで、そういったドラマーの多くが救われることになるのではないだろうか。そんな期待が高まる研究結果だったように思う。さて、研究発表を終えた山口にあらためて、その感想を聞かせてもらった。

身体に不調を抱えるドラマーの
希望となれる研究ができたらいいですね(山口)

山口 ……いやぁ、緊張しました(笑)。研究結果については、ドラマーは右足にジストニアを発症することが多いというのは、使用頻度が高い部位に発症しやすいというこれまでの説とは若干異なる結果になりました。これはなぜなのか、さらに研究を進めるべき点だとあらためて感じています。

今回は、主にジストニアの診断を受けたドラマーの割合や発症部位に注目して解析してきましたが、どんな音楽を演奏しているのか、どんな練習をしてきたのかなど、その他にも多くのデータが得られているので、他のデータの解析も深めていきたいです。

今回、学会に出たというのは、他の研究者との知見を共有するという意味合いもあるんですが、私達の研究に興味を持ってくれた研究者も多く、海外の研究者からもいろいろな意見や提案をいただきました。海外の研究者とのコラボレーションもやっていきたいです。アンケートは日本のドラマーにしか行っていませんから、海外のドラマーの場合はどうなのかなど、多くの方々とさらに研究を深めていきたいです。現在、身体に不調を抱えるドラマーはたくさんいます。そういうドラマーの希望となれる研究ができたらいいですね」。

●NHK「おはよう日本」で放送された動画はこちら→
https://youtu.be/uOdHoPsckAY?si=0-pRFcfdSKZhSdGo
●朝日新聞記事
https://www.asahi.com/articles/ASS1C5QCHRDKULBH001.html

参考文献
※1 Altenmüller, E., & Jabusch, H.-C. (2010). Focal Dystonia in Musicians: Phenomenology, Pathophysiology, Triggering Factors, and Treatment. In Medical Problems of Performing Artists (Vol. 25, Issue 1, pp. 3–9). https://doi.org/10.21091/mppa.2010.1002

※2 Conti, A. M., Pullman, S., & Frucht, S. J. (2008). The hand that has forgotten its cunning–lessons from musicians’ hand dystonia. Movement Disorders: Official Journal of the Movement Disorder Society, 23(10), 1398–1406.