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    【Interview】藤井進也[慶應義塾大学 環境情報学部 准教授/SFC研究所 エクス・ミュージック ラボ代表、etc.]

    • Interview:Rhythm & Drums Magazine
    • Photo:Takashi Yashima

    なぜグルーヴが気持ちいいと感じるのかを研究することは
    ヒトはなぜヒトなのか、という研究のヒントにもなる
    ドラムを研究することで、人間自体が理解できるんです

    科学トレーニングを導入して、肉体を改造し、スキル・アップを図ることは、スポーツ界では常識となっているが、音楽シーンにもその流れが波及。身体構造を研究し、パフォーマンスの向上を図るプレイヤーも増えているが、何とこの日本にも身体科学/脳科学の視点からドラムを学術的に考察している世界的にもめずらしい研究者がいるという情報をキャッチ! 今回、縁あってその研究者=慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の藤井進也先生とのコンタクトに成功。ドラムの研究は人間を救うことにつながると断言する先生に話を聞いた!

    ●まずは藤井先生の音楽体験から教えていただけますか?
    藤井 ドラムに出会ったのは14歳です。当時、友達がエレキ・ギターをやっていたんで、自分もギターを習いたいなって思っていたんです。地元が丹波篠山というところで、スタジオは1つくらいしかありませんでしたから、そこにみんなで入ることになるんですけど、そのスタジオの中にあった、きらびやかなドラムを一目見て、このカッコいいものはなんだ!って、フォーリン・ラヴしてしまいました(笑)。さっそくドラムに座って叩いてみたら、さらに衝撃的でしたね。自分の身体を世界に解き放つというか……身体を動かすと爆音が返ってくる。言葉ではうまく説明できませんけど、とにかく衝撃的でした。当時、自分はかなり真面目に勉強していまして、そんな中で唯一、自分の心を解き放てる、素直になれるのがドラムだったんです。

    ●ドラムを叩くことが気持ちいいというだけでなく、自分と外の世界とをつなぐツールという感覚があったわけですね。
    藤井 ええ。自分とは何か、自分は世界とどうつながっているのか……それまでは閉じられた世界にいたように思うんですが、ドラムが一気にそれを解放してくれましたね。自分がこの世に存在していることを証明してくれる、そのくらいの感覚がありました。今、大学で“人間にとってドラムとは何か? リズムとは何か?”ということを研究しているんですけど、最初に感じたドラムと自分の連帯感みたいなものは、今も変わらないですね。

    ●その後は、多くのドラマーがそうであるように、いろいろなドラマーや音楽に影響を受けながら、ドラムの練習に励んでいったんでしょうか?
    藤井 影響と言えばドラム・マガジンですよ。当時はそれしかドラムに関する情報を知る手段がありませんでしたから。

    ●ありがとうございます。では当時好きだったドラマーは?
    藤井 最初に買ったスティックが村上“ポンタ”秀一さんモデルだったんです。それで、このスティックの人はどんな演奏しているんだろうと思って、PONTA BOXのCDを買ったりしていました。“GROOVE DYNASTY”っていうイベントがありましたよね? あの映像なんて、何度観たことか。その後、Yamahaの音楽教室にドラムを習いに行くんですけど、その先生に「観た方がいい」って渡されたのがT-SQUAREのビデオで、則竹裕之さんのドラムを観たときも驚きましたね、“どうなってんねん!”って(笑)。あとはバディ・リッチのメモリアル・コンサートの映像もよく観ました。スティーヴ・スミスの映像が特に衝撃的で、ジャーニーでロックをプレイしているドラマーがジャズをやっているということに驚きましたね。そしてマーヴィン“スミッティ”スミスの人間とは思えないタム回し。あとは、バーナード・パーディやジェームス・ギャドソンの身体のノリやグルーヴにも魅了されました。何が起こっているんだろうと思って、ドラムにおける“運動の制御”について考えるようになったのは、その頃かもしれませんね。身体を操る能力を極めていて、しかも出てくる音が美しい。これはどうなっているんだろう、と。

    https://youtu.be/a-DKcUfcDXg
    バディ・リッチ・ビッグ・バンドでプレイするスティーヴ・スミス

    ●その頃から身体の構造とドラムの関係について考えていらしたんですね。練習するときにもそういうことを意識していたんですか?
    藤井 いや、それはあんまり考えていなかったです(笑)。ただ、練習するのは好きで、マニアックにシングル・ストローク・ロールのリバウンド練習なんかを5~6時間くらい、ずっとやっていましたね。話は飛びますけど、京都大学に在学中、夜中は誰も学校にいないので、深夜0時から朝9時くらいまで、ドラムが練習し放題だったんですよ。楽しくて毎日のように練習していたんですけど、やはり肉体を酷使することになるわけで、それで身体の動きにも興味を持ったんです。“上手なドラマーはどうやって身体を使っているんだろう? 下手な人とは何が違うんだろう?”って。

    ●ドラムが研究対象になっていったんですね?
    藤井 いや、まだそこまでは考えていませんでしたね。ドラムや音楽は研究するものではなくて、あくまでも余暇というか。そんな固定概念があったんです。ただ、大学時代はさっきも話したように、ドラムばっかりやっていて、授業を真面目に受けていなかったんです(笑)。でもあるときから逆に、“大学とは何か? 研究とは何か?”と考えるようになって。それで達した結論が、“誰かにやれと言われるわけでもなく、自分が気づいたらやってしまっていること”を研究対象にしたら、ハッピーな人生になるんじゃないかということだったんです(笑)。当時の自分の生活は、“ドラム・ドラム・ドラム・ドラム・寝る”っていう感じだったので、“ドラムを研究すればハッピーになれるんだ”と。しかも“ドラムを研究するなんて笑えるな”って(笑)。当然周りには誰もいなかったですし、試しに世界でどのくらいドラムの研究がされているのかを調べてみたんですね。そうしたらほぼゼロ。少人数で身体の動きとドラムの関係を研究しているところはありましたけど、学術的にはほぼなかったです。

    ●論文として学会で発表するような研究はなかったと?
    藤井 そうなんです。それで“自分がやれば世界初だぞ”と思って、大学や大学院で、“シングル・ストローク・ロールのときに、人はどういう安定性で叩いているのか”、“そのときの力の連動性はどうなのか”、“右手と左手の違いやバランスはどうなのか”などを研究するようになったんです。あとは筋電図ですね。特に手首なんですが、叩いているときにどのくらい筋力を使っているのか。そういったことを研究し始めました。

    ●それからどのように研究を発展させていったんですか?
    藤井 “私は世界で誰よりもドラマーの身体について研究して、世界で一番ヤバいドラマーになりたいと思っています。そのためにあなたと何ができますか?”という質問を、いろんな人にしまくりました。そんな中で一番話が合ったのがスポーツ科学や運動制御学でした……人の身体を脳がどうやって制御しているのかを考える研究室が自分のやりたいこととフィットしたんです。それを博士課程の論文のテーマにしました。そうすると当然なんですけど、もっと深いところにいくんですよ。私が気づいたのは、ドラムを研究することは人間を救うことにつながるということ。人間を理解するための研究しているんだなということに気づきました。なぜグルーヴが気持ちいいと感じるのかを研究することは、ヒトはなぜヒトなのか、という研究のヒントにもなるんです。ドラムを研究することで、人間自体が理解できるんです。例えば、グルーヴ感のあるドラムを聴くと、どうしようもなく身体を動かしたくなりますよね? その理屈がわかると、脳卒中やパーキンソン病になってしまって、身体が動かせなくなってしまった方々を救うことにつながる。ヒト以外の動物はビートを感じるのが難しいのですが、人間はドラマーじゃなくてもパッと聴いてビートを感じることができる。なぜビートを感じられるのかという脳の中の仕組みが、実は人類の進化や起源に関わっているんです。

    ●なるほど。
    藤井 スポーツ科学から入って、大学院で徹底的に研究したんですが、それを自分でも実践したいと思うようになっていきました。トップ・ドラマーのデータだけを見て、言葉で解説するだけでは納得いかなくて。自分自身の身体で理解できないと意味がないと思って、それで(音楽スクールの)アン・ミュージック・スクールへ行ったんです。ちなみに特待生でした(笑)。そうやっていろんなところへ出入りするようになると、つのだ☆ひろさんだったり、僕がやってくれることを面白がってくれるドラマーの方も増えてきて。それでつのだ☆ひろさんのサマー・ドラム・スクールに参加したとき紹介してもらったのがマイク・マンジーニだったんです。

    現在はドリーム・シアターのメンバーとして活躍するマイク・マンジーニ

    ●そこで当時、世界一シングル・ストロークの速いドラマーに出会うわけですね! いわゆる一流のドラマーには何か共通点みたいなものはあるんでしょうか?
    藤井 それぞれに個性はありますけど、共通点もありますね。よく脱力と言いますよね。完全に脱力したらドラムは叩けません。ドラムを叩くには関節の運動が必要です。関節をまたぐ筋が収縮し、力(トルク)が生まれて関節に回転運動が生じないと、ドラムは叩けません。筋力以外にも、反力や重力、慣性力もあります。要はどこのタイミングでどう力を発生させるかということが大切です。(ドラマーの筋電図を出しながら)ドラムを叩くためにはまず手首を曲げて打面を叩き、次にスティックを上げるために手首を伸ばさないとダメですよね。普通の人は、打面を叩いたあとに、手首を伸ばす筋の活動のピークがきて、その結果、手首が伸びてスティックが上にあがってくるんです。でもドラマーは、打面を叩いている瞬間に手首を伸ばす筋の活動のピークがくるんです。つまり、一歩早い。では世界最速のドラマーであるマイク・マンジーニの場合はどうなのか? 何と彼は叩いている瞬間に、まだ手首は伸びていないのに、手首を伸ばす筋の活動がすでに終わりかけています! 目には見えないけど、次の動作のための活動が終わろうとしていて、一歩先の未来に飛んでいるという、すさまじい超常現象が起きています……これはわかりやすく例えると“北斗百烈拳”の世界ですね(笑)。

    あとは曲げる筋肉と伸ばす筋肉の関係性というのもあって、いわゆる手首の脱力というのは、一方の筋肉が活動しているときには、一方の筋肉は活動していない状態です。曲げる筋肉を使うときに伸ばす筋肉も両方使っていたら、手首が固まってしまう。それがいわゆる力んだ状態で、(一流ドラマーに)共通しているのは筋肉の使い方のバランスが取れていて、力んでいないということ。マイク・マンジーニなんかは映像を見るとすごく力んでいるように見えますけど、手首の筋活動を測ったら、誰よりも手首に力みがない。手首はグニャグニャです。あとは脳ですよね。世界最速のドラマーは身体の動きもそうなんですけど、脳からの指令がすごいんです。

    ●ドラムと脳の関係性について、ですね。
    藤井 それが僕が今、一番興味があるところで、最初は筋肉や身体の研究からスタートしたんですけど、結局、脳がないと身体は動かない。それでもっとドラマーの脳を知りたくて、ハーバード大学に留学しました。そこでは音楽と神経科学・医学を研究しているラボがあったんです。もう1つ留学の決め手となったのは、ハーバード大学の近くにバークリー音楽大学があったことで、マイク・マンジーニがバークリーで先生をしていたことも大きかったですね。留学中は、バークリー音楽大学のミュージシャンの脳を測らせてもらうことができました。ミュージシャンやドラマーの脳はどうなっているのか、リズム音痴の脳はどうなっているのか、リズムや音楽を医学応用するにはどうするかなど、トロント大学にも留学して、研究をさらに進めました。

    音楽と脳の研究をしてわかったのは、音楽はヒトの脳をものすごく変化させ、さらには人類の脳を進化させてきたということ。ドラムを叩くということは、肉体を極めながら、自分の脳を変えていくという作業です。ですが、その光と影みたいなものが、最近になって表面化してきた。その1つがミュージシャンのジストニアで、自分の脳が変わっていく中で、叩きたくても叩けなくなってしまう。研究すると理屈が見えてくるんですけど、まだまだわからないことが多いんです。そんな中で、ジストニアに解明に取り組んできたドラマーとの出会いがあって、一緒に研究していこうということになったんです。