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【芳垣安洋のドラム・ノーベル賞!第181回】チック・コリアのシンバル
- Text:Yasuhiro Yoshigaki
【第181回】チック・コリアのシンバル
DISCOGRAPHY
『Now He Sings, Now He Sobs』 | 『A.R.C.』 |
Chick Corea | Chick Corea / David Holland / Barry Altschul |
『Circulus』 | 『Return To Forever』 |
Chick Corea | Chick Corea |
『Light as a Feather』 | 『Past, Present & Futures』 |
Return To Forever | Chick Corea New Trio |
『The Vigil』 | |
The Vigil |
なかなか出口が見えない生活の中、このコラムにおいても何か音楽への興味がさらに増すような話題を見つけていきたいと思います。
みなさんも今は、インターネットやSNSなどを見る時間が非常に増えているかと思います。ライヴに行くことができなくなっている今、配信サービスで音楽を届けるミュージシャンや、リモート操作によってWeb上で行われるセッションに興味を持っている方も多いでしょう。他にも、著名な音楽家があげるクリニック映像や音楽にまつわる話などのインタビュー……いろんなところに興味をそそられますね。今回はそんな中で、私が興味を持ったインタビューのことを書いてみようと思います。
もう1ヵ月以上前になるかと思うのですが、ジャズ・ピアニストの巨匠、チック・コリアさんが「私がもらったシンバルの話」というインタビュー映像をあげていました。“もらったシンバル”って、しかもピアニスト? これは興味が湧きますよね。
年配の方の中には知っている方もいると思いますが、チック・コリアはドラムが上手いという噂が流れていましたよね。私は彼が実際にドラムを叩いた音源や映像を観たり聴いたりはしてはいないのですが、彼の演奏スタイルやキャリアを考えれば納得できる話でもあります。キューバ出身のコンガ奏者、モンゴ・サンタマリアのバンドでデビューした彼は、活動の中心であるジャズ以外にも、70年以降主宰したリターン・トゥ・フォーエヴァーというバンドでのブラジル音楽中心のリズムから始まり、後年はロック寄りになって、タイトでちょっとプログレ的なアプローチまで取り組むようになります。他にも、細かいリズムでキメの多いフュージョン・グループや、フラメンコやキューバのルンバなどをベースにしたリズムを繰り出す多彩なユニットなどもやっています。まぁ“リズムの達人”というイメージがありますね。
チック以外にも、キーボーディストのヤン・ハマーは実際にドラムの演奏が残っていて有名です。ジェフ・ベックの『Wired』の中の「Blue Wind」ではキーボードのみならず、シンセ・ベースやドラムのオーバーダビングもすべてが彼がやっていますし、この直後のライヴ盤ではドラム・ソロも披露しています。
ピアノという楽器は鍵盤楽器と言われていますが、鍵盤楽器の多くが打弦式といって、鍵盤を抑える/叩くと、それにつながった楽器のパートが動き、ハンマーが弦を叩いて音が出る、というシステムでできています。演奏するのは指でのコントロールが主ですが、打楽器と同じような、“身体と出音の関係”だと言ってもいいでしょう。打楽器と同じ感覚で楽器と対峙しているとも言えるのではないでしょうか。特にリズムやグルーヴがはっきりした音楽においては、尚更のことではないかと思いますね。
話を戻しましょう。チックさんがインタビューで語ったのは、彼が持っている1枚のシンバルについての話でした。
1968年に録音され、発売された彼の2作目のリーダー・アルバム『Now He Sings, Now He Sobs』のレコーディングにおいて、ドラマーのロイ・ヘインズは20″インチのパイステ(多分フォーミュラ602シリーズと思われる)のフラット・ライド・シンバルを使用しました。この時代にフラット・ライドを使用していて印象に残るジャズ・ドラマーはロイ・ヘインズとエド・シグペンの2人ですかね。フラット・ライドはシンバルから余分な倍音を出さないように、ベル部分をなくして平らに作られたものです。少し独特な音色で、はっきりとしたピング音とシャープなアタックが特徴ですが、普通のシンバルよりパワーが落ちます。大きな音量を必要としないアコースティックなピアノ・トリオなどではコントロールのしやすさもあって利点もあります。ただ、余韻が一般的なものに比べると短く、音が続いて欲しいシンバル・レガートにおいて扱いにくいと感じる人もいるかもしれません。
ロイ・ヘインズは、彼の刻むビートがチックの演奏に沿うように、少し先鋭的な印象を与えたいと思ってこのシンバルを使用したのではないでしょうか。今聴いても、トニー・ウィリアムス出現以降の、古いスウィングとは一線を画したレガートに聴こえます。ジャズの創世記、ビ・バップの時代から現代まで、常に新しいリズムをシチュエーションに合わせて提供し続けてきたロイ・ヘインズさんの面目躍如です。そしてそのシンバルは、レコーディング後にチックに譲られたそうです。チックもその音が相当気に入ったのでしょうね。その後彼のキャリアの中で、ここぞというとき、新しいユニットの立ち上げなどの際には必ずこのシンバルをドラマーに叩いてもらってレコーディングしてきたそうです。71年の『A.R.C.』、78年の『Circulus』のドラムはバリー・アルトシュル。72年の『Return to Forever』、『Light as a Feather』でのアイアート・モレイラ。2001年、チック・コリア・ニュー・トリオによる『Past, Present & Futures』でのジェフ・バラード。2013年、ザ・ヴィジルによる『The Vigil』のマーカス・ギルモア……などなど。スペイン系やブラジル系、コンテンポラリー・ジャズまで、さまざまなスタイルの音楽です。もちろん録音環境やスタジオなど条件も違うし、叩き手も異なるわけですから、シンバル・サウンドが違ってくるのは当たり前ですが、音に興味が湧きますよね。半世紀にもわたって同じシンバルがさまざまな音楽の歴史、名盤、名手に関わってきたという話。なんと素敵な、と思いました。しかも最初と最後の叩き手が祖父と孫の関係にあるなんて。
今回はロイ・ヘインズ氏が使用した、60年代の名品、パイステの20″フラット・ライド・シンバルにドラム・ノーベルを。それぞれのアルバムをぜひ聴き比べてください。
◎Profile
よしがきやすひろ:関西のジャズ・シーンを中心にドラマーとしての活動を始める。渋さ知らズなどに参加しキャリアをスタートさせた後上京。民族音楽/パーカッションなどなどにも精通し、幅広いプレイ・スタイルで活躍している。菊地成孔やUA、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルなど数多くのアーティストと共演し、自身のバンドであるVincent Atmicus、Orquesta Nudge!Nudge!をはじめ、ROVOや大友良英ニュー・ジャズ・オーケストラなどでも活動している。ジャンルやスタイル、国籍などを取り払い、ボーダレスに音楽を紹介するレーベル=Glamorousを主宰している。
◎Information
芳垣安洋 HP Twitter