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ジェイ・Z、そして千葉雄喜(元・KOHH)の楽曲を彩る32分音符【the band apart 木暮栄一 連載 #4】
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- Text:eiichi kogrey[the band apart]
the band apartのサウンドの屋台骨を担う木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介していく本連載。第4回では、32分音符をテーマとして、グラミー賞常連アーティスト=ジェイ・Zのシーン復帰作と、宇多田ヒカルとの共演や「チーム友達」でたびたび話題となる千葉雄喜(元・KOHH)の楽曲をフィーチャー!
JAY-Z
「Show Me What You Got」
ラップのバック・トラックとしてはかなりユニークな構造
2小節目に毎回ドラム・フィルが入り
時々とんでもないスピードのコンビネーションがブッ込まれている
d:バン・アレクサンダー
ラッパーの引退宣言ほど信用ならないものはないが、2003年にド派手な引退アルバムをリリースしたものの、その後もなんだかんだと客演やライヴで話題を振りまき続け、わずか3年後にはド派手にカムバックを果たすという大技を涼しい顔で決めて見せたのが、今や業界を象徴する成功者となったジェイ・Zである。
そんな彼の復帰作となった『Kingdom Come』からのリード・トラック「Show Me What You Got」のMVを最初に観たのは、真面目に仕事をしているフリをして、実際はほとんどヤフオクとYouTubeの視聴に余念がなかったデータ入力のアルバイト中だった。
6小節ループのファンキーなトラックは、サンプリングや生楽器を使用したヒップホップ・サウンド復権の立役者となった2大プロデューサーのうちの1人、ジャスト・ブレイズによるもので、主に2小節目に毎回ドラム・フィルが入るという、ラップのバック・トラックとしてはかなりユニークな構造。
さらに刺激的だったのはそのフィルインの内容で、聴けば聴くほどに時々とんでもないスピードのコンビネーションがブッ込まれていることに気づくのである。
そこからYouTubeの関連リンクやジャスト・ブレイズのトラック製作風景などを検索するうちにたどり着いたのが、トニー・ロイスターJr. とトーマス・プリジェンが柔らかいローズの音色の上で高速フィルの応酬を見せる映像だった。
テクニカルな高速プレイを聴かせてくれるドラマーはバディ・リッチの時代からたくさんいたものの、1小節を32分割したレールの上を両手両足のコンビネーションで歌うように走り抜けていく、リニアとルーディメンツのハイブリッドのようなスタイルを目の当たりにしたのは、このときが初めてだったように思う。
のちにゴスペル・チョップス、あるいは単純にチョップスと通称される高速コンビネーション・フィルは、2025年の現在では世界中で共有され、日本でも若手ドラマーを中心にドラム・ソロの華として定着した感がある。
その1つの頂点とも言えるパフォーマンスが、エリック・ムーアがミッシー・エリオットのヒット曲「Get ur freak on」をドラム・カヴァーする様子が収録された「Aquarian Reflector Series – Get your Eric Moore On!」というプロモーション動画。常人離れしたテクニックによる32分グルーヴの強烈な爆発力を感じてみてほしい。
テクニックやスピードの追求は、ともすればアスリート的なアプローチに寄りすぎるあまり、いわゆる「音楽的でない」云々といった批判を受けがちだが、そうした好事家の皆さんにはマイク・マンジーニ教授が世界最速シングル・ストローク記録を叩き出した瞬間の動画も併せてどうぞ。きっとその冷笑が柔らかな微笑に変わるはず。個人的にも落ち込んだときによく観ています。
KOHH
「貧乏なんて気にしない」
どこか和風情緒を感じさせるピアノ・ループと
トラップのリズム・パターンを組み合わせたトラック
シンプルでストレートな言葉から零れ落ちる感傷/メッセージ
話が少し逸れてしまったが、今回のテーマは、ここ20年の間にすっかり定着した32分音符の話。
今や世界中を席巻しているヒップホップだが、時代ごとにその主流となってきたサウンド・スタイルは変化していて、主に2010年代から近年のアメリカン・ポップスやK-POP、J-POPにまで音楽的影響を及ぼしたのは、米南部の都市アトランタ、あるいはメンフィスが発祥とされる“トラップ”というスタイルだ。
その特徴はBPM60〜80というゆったりとしたテンポ帯と、TR-808というリズムマシンの音色、EQで強調された低音域、そしてランダムに刻まれる32分音符のハイハットである。
一時期はそこら中で耳にしたサウンドでもあるので、多種多様な楽曲が星の数ほどあるのだけど、まずはスタイルの典型として、T.I.と並んでトラップ・ミュージックのオリジネイターとされるグッチ・メーンとトラップをメイン・ストリームに押し上げたミーゴスのヒット曲「I Get The Bag」をどうぞ。
16分で刻まれる808のハイハットが、時々32分音符や3連符/6連符にスキップするトラップの象徴的パターンは、BLACKPINK「DDU-DU DDU-DU」やYOASOBIの大ヒット曲「アイドル」のラップ・パートでも聴くことができる。さらに言うなら、両者のラップ・パートで使われている3連符/6連符フローをトレンドとしてポップ・シーンにまで波及させたのはミーゴスだったりする。
そうした状況になる前の日本で、いち早くトラップ・サウンドを独自に翻訳/消化していたアーティストがKOHH(現・千葉雄喜)だ。
「貧乏なんて気にしない」がリリースされたのは10年以上前だが、どこか和風情緒を感じさせるピアノ・ループとトラップのリズム・パターンを組み合わせたトラックと、シンプルでストレートな言葉から零れ落ちる感傷/メッセージはまったく古びていない。個人的にはTHE BLUE HEARTSにも通じるような普遍性を感じる1曲。
現在は千葉雄喜と名前を変えて、ワールドワイドに活躍を続ける彼の経歴やバックグラウンドについて書くには字数が足りなすぎるので、とりあえず最新のリリースを聴いてみて、興味を持った方はディグってみてください。
それにしても、もとを辿ればミニマルなトラック上で、主にドラッグ・ディールやギャング・ライフを赤裸々に歌うという、日本で言えば映画「アウトレイジ」のご近所版のようなローカル・ミュージックで鳴っていた32分のハイハットが、10年後には容姿端麗なポップ・グループのバックで鳴っているのだから、音楽は面白い。
文化や芸術は時代と共に移ろう価値観やモラルを映し出す鏡であり、しかし同時にそれらを軽々と飛び越えてしまう。菊地成孔氏の「音楽は過去に作られ、そして常に未来から流れてくる」という言葉を思い出します。

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。
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