NOTES
音楽ビジネスの拡大とジャンルの多様化に合わせて進化/深化し続けた半世紀!
100年以上前に誕生したと言われるドラム・セットはどのような過程を経て、現在の形となっていったのだろう? 前編はその黎明期から1つの完成形を迎えるに至った60年代までの流れを追ったが、後編は音楽の多ジャンル化に合わせて進化/深化し続ける70年代以降のドラム・セットの発展に迫っていきたい。
DRUM SET HISTORY〜後編〜
1. セットの多点化と音域の拡大が進んだ変革期の70年代
2. エレクトリックの導入とハードウェアが進化した80年代
3. 音楽が多様化しドラムの細分化が始まった90年代
4. ヴィンテージ人気とセットのハイブリッド化が進んだ現代
前編はこちら
ドラム・セットの基本的性能という意味では、60年代までにほぼ完成されたと言えるが、70年代からのロック・ビジネスの拡大と音楽ジャンルの多様化に伴いドラム・セットも大きな変革期に入っていった。ブリティッシュ・ロックの隆盛と共にツーバス・セッティングによるドラムの巨大化が顕在化する。その先鞭をつけたのがクリームのジンジャー・ベイカーで、その後コージー・パウエルやトミー・アルドリッジと言ったハード・ロック系ドラマーへと引き継がれ完成していく。
ツーバスはビッグ・バンドでも使われていたが、ロックのそれはステージでの大音量化と無関係ではないだろう。その傾向はハード・ロックにとどまらず、プログレッシヴ・ロックにおいてもニック・メイソン(ピンク・フロイド)、マイケル・ジャイルズ(キング・クリムゾン)などのドラマーにも見られ、さらに特徴的だったのがメロディック・タム、コンサート・タムと呼ばれるシングル・ヘッドの、多くの口径を有するタムの使用である。タムをズラッと並べたセッティングはカール・パーマ-(EL&P)、フィル・コリンズ(ジェネシス)、カーマイン・アピスらが時代の代表的な存在で、ドラム・セットの音域拡大と派手に見えるショウアップ効果ヘとつながっていった。また、シングル・ヘッドのタムはアタックを強調したサウンドからR&Bやファンクなどさまざまなジャンルでも使われるようになる。
シングル・ヘッドと言えば、ラス・カンケルやアラン・ホワイトらが使っていた、ファイバーグラス製で、アルペン・ホルンのような独特な形状の“North”のドラムも70年代の“変わり種”と言えるだろう。70年代のジャズ・ロック~クロスオーヴァーにおける多点セットの代表格といえば元祖手数王のビリー・コブハムだ。つまり、超絶的なテクニックが多点セッティングと結びついていたわけである。そんなビリーも、初期にはファイブス(FIBES)の透明なアクリル製ドラムを使用しており、レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムやカレン・カーペンターが使用していたラディックのヴィスタライトと並んで、アクリル・シェルは70年代らしい未来志向の象徴でもあったと言えるだろう。
セットの拡大化に伴いハードウェアもよりへヴィ・デューティ仕様となり、今では当たり前のシンバルのブーム・スタンドもこの時代に一般化したものである。70年代後半にはフロア・タムを排したマウント・タムだけによるスティーヴ・ガッドのセッティングがその後のフュージョンに影響を与え、一方テクノ・ミュージックの礎を築いたYMOの高橋幸宏の、ポラードやULT-SOUNDといったシン・ドラムを組み込んだ多点セットは、その後のドラムの電子化へとつながっていく。
2.
80年代の音楽、特にポップスやコンテンポラリーな音楽ではニューウェイヴの流れの中でシンセや打ち込みが“蔓延”していった時代で、それに呼応するようにエレクトロニック・ドラムも一気に導入されていった。各メーカーもその開発に乗り出したが、その中で一世を風靡したのがシモンズ社である。ビル・ブルーフォードがキング・クリムゾンにおいて大々的に使用したのを筆頭に、レゲエ出身でポップス界に進出したスライ・ダンバーや、ハーヴィー・メイソンなどのスタジオ系ドラマーもレコーディングにおいてシモンズのパッドをセットするようになっていった。この時代のレコードの多くでは、そのシモンズのサウンドが確認でき“エレドラを使えなければ仕事にならない”という、時代の影響力の大きさには驚かされる。またレコーディング現場では厚いシェルで深胴仕様のソナーが流行。レコーディング技術も発展し、パワー・ステーションのトニー・トンプソンに代表されるエフェクティヴなゲート・リヴァーブ・サウンドが時代の象徴となった。
エレクトリック化に絡んで80年代のドラム・セット事情に大きな変革を与えたドラマーの1人が、チック・コリアのエレクトリック・バンドで名を上げたデイヴ・ウェックルである。彼はフュージョンにおいてシモンズを効果的に組み入れると共に、生ドラムをトリガーしてサンプリングなどの音源を同時に鳴らすシステムを完成させた。セット内容においてもスティーヴ・ガッドの影響とも思えるマウント型のタムをハイハット側に配置。ハイハット・ホルダーを使ったクローズド・ハイハットやスタック・シンバルなど現代につながるアイディアを提示し、中でもクローズド・ハイハットは特にヘヴィ・メタルにおいてマスト・アイテムともなっていく。
ロック・シーンにおいてはテリ-・ボジオのUK~ミッシング・パーソンズにおけるロート・タムを多用したセットも見逃せないところ。ロート・タムはヘッドとフレームだけのタム型の楽器で、もともとはティンパニの練習用に回してピッチが変わるように開発されたもの。その使用におけるパイオニアは意外なことにジャズ・ドラマーのルイ・ベルソン(70年代)である。ある意味でそれまでのメロディック・タムに取って替わったと言う見方もできるが、その機能性と見た目のカッコ良さはロック界に波及し、日本においても小田原豊(レベッカ)や高橋まこと(BOØWY)らがセットに組み入れ、その後のヴィジュアル系バンド・ムーヴメントへも影響することになった。また、70年代に完成した円筒形のTAMAのオクタバン(パールではキャノン・タム)も、この時代に世界を席巻したザ・ポリスのスチュワート・コープランドが使ったことで認知度が一気にアップ。サイモン・フィリップスやマイク・ポートノイも愛用し、現代においてもテクニカル・ドラマーの“アイコン”として知られている。
また80年代はヤマハ、パール、TAMAの日本のドラム・メーカーが世界的なシェアを獲得し、シンバルでは82年にセイビアンが誕生。ジルジャン、パイステと“シンバル3強”とも言える時代に突入した。各メーカーが個性的なモデルを次々と発表していく中で、ハードウェアにも変革が起こり、足元を支えるペダルが飛躍的に進化する。中でも名器と言われたCamcoのチェーン&スプロケット方式を土台に、よりスムーズな動きのペダルを実現し、時代をリードしたのがDW社である。DWはツイン・ペダルの開発にも積極的で、他メーカーと同様に当初はシングル・ペダルにジョイントするタイプが主流だったが、やがて一体化され精度も向上。デニス・チェンバース、スティーヴ・スミス、ヴィニー・カリウタらのテクニカル・ドラマーの御用達となり普及していく。また、ハードウェアの変革という点ではセッティングの自由度をさらに向上させたラック・システムの登場もこの時代の特徴で、ジェフ・ポーカロとパールが共同開発したラックをきっかけに、各メーカーからラック・システムが発表され、セットの巨大化に寄与していったのだ。
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