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世界を席巻するシティ・ポップの名曲「真夜中のドア〜Stay With Me」をドラム視点で分析
- Text:Yuichi Yamamoto(RCC Drum School)
40年以上経った今もなお
世界を席巻する名曲「真夜中のドア〜Stay With Me」を
日本の名匠、林 立夫のドラミングから分析
名ドラマー、林 立夫さん(以下敬称略)の自伝『東京バックビート族』が実に面白く、また興味深い。彼自身の今日までのキャリアとエピソードを通し、日本のポップス・シーンの歴史や当時の“スタジオ・ミュージシャン=セッションマン”という仕事の一面を垣間見ることができる。
その本でも紹介されているのが『Neo Vintage/林 立夫セレクション』というオムニバス・アルバム。判明しているだけで7,000曲超え(!!)という参加作品の中から、本人がセレクトした31曲が収められている。筆者は発売当時にそのアルバムを聴き、ドラム・マガジンの記事原稿にも携われたことで、林 立夫というドラマーの魅力を再発見していた。
ところが、その31曲の中に含まれていない参加曲が、2020年後半から世界的な話題となっている。それは1979年にリリースされた松原みきのデビュー曲「真夜中のドア〜Stay With Me」だ。
リリース当時もヒットをし、その後もJ-POPの名曲として歌い継がれてはいたが、リリースから40年後に突如ワールドワイドな展開を遂げる。そのキッカケはインドネシアのシンガー、Rainych(レイニッチ)が日本語でカヴァーしたところからから始まった。そしてオリジナル・ヴァージョンも世界のデジタル・ミュージック・チャートを賑わす展開になり、林 立夫のドラミングもまた世界中に届けられることになったのだ。
ここでは筆者の主観、推測、さらには妄想が主となるが、“林 立夫のドラミング”という観点を中心にこの名曲を紹介しておきたい。
まず、この曲のレコーディングについてサウンド&レコーディング・マガジン2021年3月号に興味深い記事があった。そこには録音時のトラック・シートが掲載されている。これによるとドラム録音に使われたのは計5トラック。その内訳はハイハット、キック、スネアの基本3点に加えてタム×2(タムとフロア・タム)になっている。従って個々のオン・マイクを生かしたタイトでクリアなサウンドが特徴だ。ミックス・バランスとしてはキックとスネアの力強さが軸にあり、ハイハットは少し後ろにいる感じ。と言ってもハイハット・オープンのフレーズやアクセントは伝わってくるので、これは本人の奏法によるところも大きいであろう。ドラム・サウンドの特徴としては、全体的にしっかりとミュートされた音。とはいえ、短いディケイの中にも独特の太さと音程感があり、特にキックとスネアのコントラストはこの曲全体の彩りに大きな役割を果たしている。演奏面については、今一度『東京バックビート族』のコメントと照らし合わせて推察してみたい。
1. 仮歌へのこだわり
本の中に「仮歌がないと叩けない、と言い出したのはおそらく僕が初めてじゃないかな?」という記述がある。当時セッションマンとして多忙を極めてはいたが、どんな歌詞やメロディなのかも知らずに譜面だけを見て叩くということは、音楽家の信念として許したくなかったようだ。また、「真夜中のドア」が松原みきにとって最初のレコーディングであったとの証言もあるので、この曲は当然歌詞に目を通し、さらには本人の歌声を聴きながら録ったと思われる。だからこそ、過去と今とを行き来して揺れている主人公の気持ち、それを表現する彼女の歌声に沿ったドラミングが生まれ、それが曲全体のストーリー性にもつながっていると感じる。
2. クリックとの関係
ドラマーがクリックを聴きながら叩くことが増えたのもこの時代とのこと。その件でパーカッションの斉藤ノヴに言われたという「僕(林)はクリックの前をついたり後ろをついたり、平気で移動するらしい」との部分が興味深い。そこでナンセンスだとは思いつつ、「真夜中のドア」をDAWに取り込んで波形を見てみた。アナログ・テープにレコーディングされていたこと、そして当時のクリックの精度も関係してくると思うが、現在流通しているデジタル版では108.778bpm(汗)あたりで合致する。それを検証していくと、Aメロ、Bメロではほぼクリックのタイミングにいる。しかし、サビになると全体がホンの少し前に移動していく場面がある。それは松原みきの“Stay with me〜”というフレーズの息づかいと連動している印象だ。かと言って慌ててクリックとのズレを修正する不自然な動きはなく、そのままサビを気持ちよく歌わせたあと、次のセクションにかけて自然に戻していくのである。これは音楽的なタイムを機械に支配されず(させず)、しかし大きな時間枠の中では正解に導いていく林立夫の“職人技”が感じられる部分と言えよう。
3. 後藤次利とのコンビネーション
この曲でベースを弾いているのは、林と高校の同級生であり軽音楽部の仲間であった後藤次利(この話だけですごい……!)。その2人が28歳のときに繰り出したリズムもこの曲の大きな魅力だ。Aメロではタイトでクールに、Bメロでは微妙にハネながらユッタリと、そしてサビでは熱くアグレッシヴに……。あくまで“歌の伴奏”という使命を守りつつ、それぞれの個性を発揮しながらのコンビネーションでワクワクさせてくれる。さらに最後のサビでは松原正樹のギターがヴォーカルに絡みながら素晴らしいソロを展開。ここで生まれる林、後藤、松原、そして参加メンバー全員と松原みきの間に生まれるアンサンブルには、まるでライヴのような奥行きと一体感を感じてしまう。
さて、本題から少し逸れてしまうが、「真夜中のドア」のアナザー・テイクとしてぜひ聴いてもらいたいのは、インコグニートのコンセプト・アルバム『One Nation』のヴァージョンだ。
これは原曲からヴォーカル・トラックだけを抜き出した上でまったく別のアレンジとなっており、あたかも彼女がインコグニートのヴォーカリストになったようなクールなサウンドになっている。そう、1979年の彼女の歌声は2000年代のUKファンクにもマッチする魅力を持っていたのである。
そして、この名曲を愛したシンガー達による素晴らしいカヴァーもたくさん生まれ、独自の世界を作り出している。ただ、どんなヴァージョンも1979年のオリジナルに刻まれた不思議な魅力は超えられない。それは当時19歳の松原みきが、まだ誰の手本もない未来の名曲に全身全霊を傾けて挑んだからであろう。だからこその輝きを放ち、それは永遠となったように思う。そして、当時の林 立夫はセッションマンとしての自分にいろいろな葛藤を感じていたようではあるが、それでも常に音楽家としての信念は曲げずに演奏していたからこそ、40年後にも世界中の人から愛されるサウンドの礎となっているのだ。