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    エアロスミスを支える剛腕=ジョーイ・クレイマーのドラム哲学【Archive Interview】

    • Photo:Fin Costello/Getty Images 

    本日ツアーからの引退をSNSで公式発表したアメリカを代表するハード・ロック・バンド、エアロスミス。重厚なドラミングでバンドの屋台骨を担ってきたのがオリジナル・メンバーのジョーイ・クレイマー。家族と健康に全力を注ぐため、予定されていたツアーにジョーイが参加しないことはすでにアナウンスされていたが、今回のツアー引退発表を受けて、スティーヴンの歌を鼓舞するその豪快なプレイをライヴで見られなくなるが残念でならない。偉大なロック・バンドを支えてきた、偉大なロック・ドラマーを讃えるべく、ここでは1988年11月号で実現したジョーイのインタビューを抜粋して再掲載する! 

    僕は成長したよ。より少ないプレイで
    より多くを訴えられるようになったんだ

    ●ドラムを始めたのはいつですか?
    ジョーイ ビートルズをテレビで観てピンとひらめいてね、それでドラムを始めたんだ。うまく説明できないけど、そこにあるフィーリングに惹かれて、自分が先天的に持っている何かに訴えるものがあった。そして14〜15歳でプレイを始めたんだ。人のプレイを観たり、レコードを聴いたりして練習したね。レッスンは受けたことないし、理論も知らないけど、神から授かった能力のおかげで、耳で聴くだけでちゃんとプレイできたね。

    その頃に流行っていたデイヴ・クラーク・ファイヴやゲイリー・ルイス&プレイボーイズ好きだったけど、何といってもビートルズが最高! その後ブラックものやR&Bバンドで活動するようになったんだ。シンガー達が前で歌い、そのバックを務めるようなバンドさ。このバンドでのステップはすべてエアロスミスにつながっていた。エアロスミスは僕が参加した中で初めてのまともなバンドだったね。

    ●エアロスミスのメンバーとはどのように知り合ったんですか?
    ジョーイ ボストンのハイ・スクールに通ってたんだけど、トム・ハミルトン(b)とジョー・ペリー(g)が近くに住んでいたんだ。それで共通の友人に紹介されて一緒にプレイするようになったんだけど、そのときはまだ単に気軽にやっているってだけでね。彼らはスティーヴン・タイラー(vo)が加入するのを待ってたんだ。僕がスティーヴンのことを知らないと彼らは思ってたようだけど、僕は僕で別のルートからスティーヴンを知っていて。それでバンドが始まったってわけ。

    ●73年のデビューから78年の『ライヴ・ブートレッグ』までは順風満帆という感じでしたが、79年にジョーがバンドを一時抜けてからは、グループの活動停止が続きました。その間はどんな活動をしていたんですか?
    ジョーイ
     自分のプロジェクトにとりかかったんだけど、途中でエアロスミスがまた活動を再開することになったので、そのまま申断ということになってしまった。でもいつか時間ができたら、必ず完成させて発表したいと思っているんだ。ベーシック・トラックなんかはちゃんと録ってあるからね。

    ●ライヴではソロに限らずドラム本体でのプレイやタムやシンバルの1つ1つがクリアに聴こえてきて、パランスも良かったです。
    ジョーイ 僕はプレイヤーというのは、みんなからちゃんと見えなきゃいけないと信じているんだ。使わないタムやシンバルをたくさんセットしておいても、ドラマーの姿は見えないし、不必要なノイズの元にもある。それからドラマーにとっては、より少なくプレイすることがより多くを意味するとも思うから。ドラマーはシンプルでなきゃね。音数が多すぎるとバンドにとっては邪魔なだけだろう。僕は今あるドラムの数で十分だし、ドラムより僕がプレイしている姿を見て欲しいんだよね。

    サウンドがいいのはドラムのおかげ。TAMAのArtstarⅡ。これまでにプレイしてきた中で一番気に入っているやつだ。シンバルはずっとジルジャンで、ジルジャンのマイキング・システムも使っている。とにかくいらないものはセットしないし、大きなドラムは好きじゃない。自分のモニターもフロア・タムの上にあるモニター・ミキサーでコントロールしながら叩いているんだ。大きなドラムを力任せに叩くと、PAを通るときに音がグチャグチャになりかねない。小さなドラムをタイトにプレイするとPAでビッグなドラム・サウンドが得られる。ステージ上で自分の耳に入ってくる音と、PAから出る音って違うからね。

    ●サウンドも去ることながら、曲中のフレーズやフィルインでのスネア、タム、バスのコンビネーションもユニークですよね。
    ジョーイ ああ。人と違えば違うほど、自分を特徴づけることができるだろう。時にはジョーと2人だけでやってみてインスピレーションを得たり、ベートーベンやラフマニノフ、環境音楽なんかをヒントにフレーズを作ったりする。あとは鳥の声とか汽車の音……その他なんでも。ちょっとクレイジーな方法かもしれないけどね。

    あとはジェームス・ブラウンやタワー・オブ・パワーといったソウル・ミュージックの影響。それにジョン・ボーナムのエモーション。僕の大好きな音楽から受けた影響をバンドに持ち込んでいるとは言えるだろうね。

    ●ハード・ロックをプレイしていて、一番気持ちいいことって何でしょう?
    ジョーイ 僕にとってはフィジカル、かつエモーショナルな捌け口になる。感情的に虐げられたり、怒ったりしても家内や子供達に当たり散らさずに、リハーサルやライヴまで待つんだ(笑)。僕はフィジカルな人間だから、毎日何か運動していないとダメなんだ。家にいるときは毎日40〜50kmくらい自転車に乗るかジムに通う。これはドラムを叩くために体調を整えるのにも役立っているよ。

    ●スティーヴンも毎日ジョギングしているのでしょうか?
    ジョーイ うん。僕もたまに一緒に走るよ。以前は毎日走っていたんだけど、足首や膝を痛めて自転車に変えたんだ。

    ●最後までパワーが落ちないので驚きましたが、そういう努力を重ねていたのですね。
    ジョーイ そう。あとはよく眠ってちゃんとした食事をする。もっとも日本公演は2時間18分と、いつもより長かったんだけどね。普段は1時間45分止まりだ。でもとても楽しくやれたよ。

    ●活動を再開してみて、自分のプレイのどこが良くなったと思いますか?
    ジョーイ メンバーはみんな大人になったし、僕も成長したよ。より少ないプレイでより多くを訴えられるようになったと思う。

    *本記事は1988年11月号掲載のインタビューを抜粋した内容となります。