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独自のサイケデリック・ロックを追求したゆらゆら帝国、坂本慎太郎が表現するノスタルジーとリアリティ【the band apart 木暮栄一 連載 #6】
- Text:eiichi kogrey[the band apart]
the band apartのサウンドの屋台骨を担う木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介していく本連載。第6回では、独自のバランス感覚でサイケデリックを追求し、後進のロック・ミュージシャンに影響を与えたバンド=ゆらゆら帝国、そして2011年のバンド解散以降ソロ・アーティストとして活躍する坂本慎太郎の楽曲をピックアップ!
ゆらゆら帝国
「無い‼︎」
d:柴田一郎
感傷と現実の並行世界を同時に眺めているような俯瞰性
センチメンタル過剰に陥らない絶妙なバランス感覚
2003年にリリースされたアルバム『ゆらゆら帝国のしびれ』のエンディング・トラック。
タイトルと曲調からして、70年代に活躍したクラウト・ロック・バンド、ノイ!と彼らの代表曲「Hallogallo」へのオマージュなのではないかと思う。
「Hallogallo」の意図的に抑揚を排した無機質なビート(後に「モーターリック・ビート」と呼ばれ、クラウトロックの象徴的記号となります)と、電子音楽的とも言えるリズミックかつエフェクティヴなギターの組み合わせは、軽い酩酊がいつまでも続くような心地良い推進力で、聴き手を白昼夢の世界へと連れて行ってくれる。
ノイ!の楽曲に通底しているミニマル構造と実験精神は、同時代のクラフトワークやデヴィッド・ボウイ、近年では『Kid A』以降のレディオヘッドなど、多くのアーティストに影響を与えてきた。
ゆらゆら帝国の「無い!!」も「Hallogallo」と同じく、ほぼ全編がAとEの2コードによる淡々とした反復でできているが、こちらの方はより内側へ深く浸透していくようなダウナーなムード。それでいてフレーズのあちこちから静かな叙情が零れ落ちてくるのだから、ゆらゆら帝国はやはり不思議なバンドだ。
ヴォーカルにかけられた絶妙なエコーには夕方チャイムのようなノスタルジーがある反面、通奏されるリード・ギターは9拍半のトリッキーなフレーズで、4/4の世界線から微妙にズレたり戻ったりする。そうしたアレンジにおける、感傷と現実の並行世界を同時に眺めているような俯瞰性、センチメンタル過剰に陥らない絶妙なバランス感覚は、本当に素晴らしいと思う。
歌詞に関しても、「瓶詰めのため息が海に流されたよ」という一文を、<びんずめ/のためい/きがうみ/にながさ/れたよ>という形に分割、ひらがな表記にして、言葉本来の意味や響きに別角度の視点を与えつつ、<最終回の/再放送は/無い‼︎>と結ぶのだが、そのタイミングでようやくドラムが8ビートを刻み始める展開も小粋過ぎる。
「これは何についての歌なのか」と問われたとき、その答えは聴き手によってさまざまだろうけど、ゆっくりと胸に浸透していく奇妙な感動は同じはず。7分超という長さながら、何度も繰り返し聴きたくなってしまう名曲。
ちなみに「無い!!」にはオフィシャルのライヴ・バージョン(ライヴ・アルバム『なましびれなめまい』収録)があり、原曲とは趣をまったく異にした柴田一郎氏のダイナミックなドラミングと、空間エフェクトの向こうで爆発するギターがカタルシスたっぷりのサイケデリック・アレンジを聴くことができる。録音作品とライヴ演奏の対比的視点から見ても面白いし、単純にそちらのバージョンも非常にカッコ良いのでオススメです。
坂本慎太郎
「まともがわからない」
d:菅沼雄太
タイコ類は古いリズム・ボックスのような音色にミックス
歯切れの良いハイハット・オープンを多用した歌心あるドラミング
ラスト・アルバム『空洞です』では、それまでゆらゆら帝国の代名詞であったファズ・ギターはほとんど聴かれなくなる。ロックの記号的表現や安易な感傷の回避/離脱へと向かったベクトルは、バンド解散後のソロ作品でより顕著になって独自の音世界を展開させていくことになるのだが、ソロ・アーティストとしての坂本慎太郎氏の音楽性を簡潔に説明するのは非常に難しい。
個人的にはピーター・アイヴァース、あるいはホルガー ・シューカイのような音楽家の作品と同じ匂い——軽い聴き味に忍ばせる知性と毒、ユーモア、そして音楽的好奇心——を感じるので、例えばディスクユニオンの中古コーナーで、そういったアーティスト達と同じレコード棚に並んでいても違和感のないポップな音楽、と言えば少しは伝わるだろうか。
こうした音楽は、いわゆるヒット・チャートを賑わすようなものではないかもしれないが、レコード市場を中心に国内外を含め常に一定数のファンが存在していて、坂本氏の音楽もそういった層からの支持が厚く、海外でのライヴも定期的に行っている。
「まともがわからない」は、ドラマ「まほろ駅前番外地」のエンディング・テーマとして2013年に発表された楽曲。ソロになってからの作品にはめずらしく、メロディに控えめながらもはっきりとした憂いと感傷があり、歌詞においてもそれを隠そうとしていない。
リリースされた時期から考えても、東日本大震災直後の世相や政治的混乱からの影響が少なからずあるように思えるが、時事に対する鋭い批評性を含ませると同時に、周囲の価値観とのズレや違和感を憂う普遍的なポップ・ソングとしても成立させているところが、坂本氏のすごいところだ。
実際に2010年代のローカルなクラブ・シーンでこの曲がかかるのを何度も耳にしたし、フロアで酔っぱらった中年からお洒落なお姉さんまで、さまざまな人がサビのメロディを合唱するという、ある種のアンダーグラウンド・アンセムとなっていた感がある。
Dmaj9とEm9が反復する鍵盤のイントロからもう名曲の予感しかしないのだけれど、その予想はまったく裏切られない。右で鳴るギターのカッティングにリズミカルに呼応する左の鍵盤、サビで歌い始めるベース・ラインは非常にキャッチー。
菅沼雄太氏が演奏するドラムスもかなり特徴的な音作りがなされており、ごく短いサステインにミュートされたタイコ類は、ほど良いEQとコンプで古いリズム・ボックスのような音色にミックスされている。歯切れの良いハイハット・オープンを多用した歌心あるドラミングに対して、曲中一度もシンバルが鳴らされないのもクールだ。
そして何と言ってもオクターブをフルで使ったメロディと歌唱、行間を読ませる歌詞が秀逸すぎる。上で書いた「無い!!」にしてもそうだが、平易な日本語を使ってこれほど奥深く胸を打つ表現ができる作詞家は稀だと思う。ゆらゆら帝国から坂本慎太郎名義でのソロ活動まで、同時代にリアルタイムでその作品に触れ続けられることは、いち音楽ファンとしてとても喜ばしいことだ。
<意味を求めて無意味なものがない/それはムード/とろけそうな(ゆらゆら帝国「空洞です」より)>と、氏が歌ったのは2007年のことだが、その言葉はまったく古びていないどころか、ある意味予言のようでもある。
コスパとかタイパとか、何かと効率ばかりに目がいきがちな世の中ですが、一見無意味なものに意味を見出せる大人でありたいものですね。

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。
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