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長谷川白紙の先進性、ドラマー・秋元 修の実験精神【the band apart 木暮栄一 連載 #2】
- Text:eiichi kogrey[the band apart]
the band apartのサウンドの屋台骨を担う木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介していく本連載。第2回では、“新しさを感じる日本のポップ・ミュージック”をテーマに木暮がセレクトした2曲にフォーカス!
長谷川白紙
「草木」
耳慣れたリズム・パターン皆無のドラムは
不規則なようでグリッドの縦軸は外さないDAW仕様
彼を知ったきっかけは、2018年にリリースしたEP「草木鳴動」でYMOの「CUE」をカヴァーしていたことからだったが、冒頭に収録されている「草木」から、その独創的な音世界に驚かされた。
5連符のイントロ、ベースがルートとテンションを行き来することによって生まれるモーダルな浮遊感を軸に時折差し込まれるF→F♯→Gの半音進行が絶妙にエモーショナルなAメロ、耳慣れたリズム・パターン皆無のドラムは、不規則なようでグリッドの縦軸は外さないDAW仕様。さまざまな音情報が忙しく動き回っているにも関わらず、ガラス窓を1枚隔てて見ている世界のような、静謐なインドア感もある……。こうして挙げていくだけでも既存のポップスとは大分異なった構造ではあるものの、一聴した印象はあくまでポップであるところがすごい。
「草木」に限らず、長谷川白紙の楽曲から彼がインスパイアされてきたであろう音楽の断片を見つけるのは意外に難しいことではないが、それらは元の素材を示す記号として機能するにはあまりに細かく断片化されていたり、あるいは特定のジャンルを想起させるリズム・フィギュアであっても、使いどころや組み合わせの妙によって記号のベクトルを反転させていたりするから、完成形として提示されるものはポップでありながらも、今まで見たことのない不思議な形状をしているものが多い。そして、そこに滲んで見える志の高さはとても素敵だと思う。
YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」ではガラス窓のインドア感が取り払われた「草木」のライヴ演奏が視聴できるので、そちらもぜひチェックしてみてください。
秋元 修
「上海飞天(feat. 細井徳太郎、入江 陽&大友 遼)」
いわゆるドラム・アスリート的なアピールは皆無
音楽家として楽曲そのものにフォーカスしている
上で紹介した「草木」のライヴ演奏で素晴らしいドラムを叩いているのが秋元 修。さまざまなフィールドでドラマーとして活躍する彼だが、ソロ名義でもいくつかの作品をリリースしている。ドラマーのソロ、というと一般的には普段の活動以上に自身のドラム・プレイをピンチ・アウトしたものが多いイメージだが、彼の作品はドラムの音色がアコースティック/デジタルのどちらであっても、いわゆるドラム・アスリート的なアピールは皆無で、音楽家として楽曲そのものにフォーカスしている。
その中でも“电式羊考二〇二二”(でんしきひつじこうにーまるにーにー)という、タモリの“ハナモゲラ語”にインスパイアされたという、つまりは適当な言葉を中国語風に歌うことをコンセプトにしたシリーズがあって、「上海飞天」(しゃんはいひてん)は「电式羊考二〇二二甲」というEPに収録されている。ベッドルーム・メイド感の残るシンプルなトラックは、インターネット時代になって発見/共有/再評価の波が国境を超えたシティ・ポップのテイストもありつつ、どこか夜のムードも湛えている。
中国語風の適当な歌詞で歌う、つまり“歌詞に意味を持たせない“というコンセプトには、もしかしたら楽曲よりも歌詞が聴かれすぎてしまう風潮へのアンチテーゼがあるのかもしれないが、この曲が素敵なのは、発語の響きそのものがもたらす情緒と上述したトラックの相乗効果で、聴き手をそれぞれの脳内にしか存在しない架空の“亜細亜っぽいどこか”へと導いてくれるところだ。電飾に彩られた都市のメイン・ストリート、裏路地のオリエンタルでカオティックな風景。それはあなたがかつて訪れた場所かもしれないし、映画やアニメで目にしたものかもしれない。歌詞というわかりやすい導線を曖昧にするということは、音楽がもたらす想像力への刺激を限定しないということでもあるのだ。
フレッシュな音楽に触れたときの感動は何にも代えがたいものだが、そこには必ず何らかの形で“過去”が含まれてもいる。聴き手のリスニング体験が多ければ多いほど“未知の音楽”というものは相対的に減っていくものだし、料理と同じで新しい調理法やレシピが日々増えていったとしても、やはり大衆に愛されるのは“どこかで味わったことのある”定番のメニューだったりするから、必要以上の新味はポップスにとって不必要なものなのかもしれない。
そんな中で、無数のレシピを切り刻み再構築したかのような「草木」と、“ちょい足し”ならぬ“ちょい引き”のアイディア・レシピで想像力の拡張を促す「上海飞天」だが、前者には既存の型を振り切る先進性、後者には既存の型に隠れた自然体の実験精神がそれぞれ宿っていて、噛めば噛むほど一般的な換骨奪胎/アップデート以上の“フレッシュ”が溢れてくる。こうした冒険心に富んだ音楽を同時代に聴けることは、いちリスナーとして非常にうれしい。作り手としても大変刺激になります。

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。
◎「Must-Listen Songs for Drummers」第1回はこちら