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奇才=ルイス・コールが生み出す“浮遊感”、ジェイコブ・マンのセンスと消化力【the band apart 木暮栄一 連載 #5】

  • Text:eiichi kogrey[the band apart]

the band apartのサウンドの屋台骨を担う木暮栄一が、ドラマー/コンポーザー的視点で読者にお勧めしたい“私的”ヒット・チューンを紹介していく本連載。第5回では、あらゆる楽器を自在に操り、独創的なアイディアを詰め込んだ楽曲&度肝を抜く超人的なパフォーマンスで支持を集める奇才ドラマー=ルイス・コールのアプローチにフォーカス!

ルイス・コール
「Things」

コードという複数音の堆積を
横に動くメロディとして捉えたであろう対位法的アレンジ
そこから生まれる不思議な浮遊感

みんな大好きルイス・コール。近年では星野 源の楽曲に参加していたりするので、日本での知名度もそれなりに上がってきたように思うが、それでも個人的には再生回数の0が1桁足りないのではないか、と日米を通じてまだまだ過小評価されていると感じる、LA出身のマルチ・プレイヤー/アーティスト。

サイケデリック色の濃かった初期のテイストに、独特のファンクネスが加わってくるのが2018年のアルバム『Time』以降で、例えば同作の「When you’re Ugly(feat. Genevieve Artadi)」や次作に収録されている「F it Up(Live Sesh)」など、彼の近作にはコード・カッティングとビートの隙間を縫い上げていくベース・ラインが印象に残る楽曲が多い。

曲によっては自分で弾いていたり、他のベース・プレイヤーに任せていたりとさまざまだが、ルート音を示して曲のボトムを支えるというベース本来の役割に加え、1つのメロディとしても成立するように意図されたフレージング/視点を感じる。

この視点は楽曲全体のコードの連結においても言えることで、今回紹介する「Things」のイントロ/Aメロ部分を例にすれば、終止感の希薄な(起立/礼/着席の“着席”がない感じ)和声の循環と、その内声部分のなめらかな横移動が、明るいのに切ないような、素敵な浮遊感を生んでいる。

コードという複数音の堆積を、それぞれ横に動くメロディとして捉えたであろう対位法的アレンジ、そこから生まれる不思議な浮遊感は、彼の音楽の大きな魅力の1つだ。

それとは別に、アルバム『Live Sesh and Xtra songs』収録「Thinking(live sesh)」のメイン・リフ4小節目に現れるCm11のような、鮮やかな裏切りもまた、横移動視点からの産物だと思う。モノトーン・コーディネートの靴下だけアイス・ブルーみたいな。

そうしたオリジナリティに加え、スプラッシュを使った独特のミュートや、コンプレッションが効いたザラついた質感のドラム・セットを奏でる、いちドラマーとしての彼の演奏の独創性は、ドラマガ読者には説明不要だろう。細かな音符を驚異的な身体能力で配置していくドラミングには、明らかに人間的な揺れが残されているが、もしそれすらもねらってやっているのだとしたら、もうバケモノである。

説明が少し長くなってしまったが、「Things」には、ここまでつらつらと書いてきた僕が思うルイス・コールの魅力が“全部載せ”されている上に、彼の楽曲中でもかなりポップな、普遍的な聴きやすさがある。

降り注ぐアルペジオの柔らかな優しさに溢れたトラックの上で「うまくいかないことばかりだけど、時々良いこともあるし、物事は思ったようにはならないよね」なんて歌われたらもう、こたえられない。個人的にはものすごく年の瀬を感じる1曲でもあります。

ジェイコブ・マン・ビッグ・バンド
「Kogi」

d:ルイス・コール

ルイス・コールの楽曲にも通じる
なめらかな意外性/浮遊感
単なる“DTM以降のビッグ・バンド”に留まらないセンスと消化力

ソロでも情感豊かな作品をリリースしているピアニスト/作編曲家のジェイコブ・マンは、上記ルイス・コールの別バンド、ノウアージェイコブ・コリアーのサポートなども務めてきた才人。

そんな彼が2016年にビッグ・バンド形態でリリースしたEP「Greatest Hits, Vol. 1」に収録されているのが「Kogi」で、たまたまサブスクのおすすめで流れてきたこの曲に耳を奪われたのは、割と最近のことだ。

AIのおすすめアルゴリズムによる新しい音楽の発見が、ライナーやクレジットまで読み込んでいた昔(それはそれで良い思い出ですが)と文脈的にさほど変わらないことに驚きつつつ……まあそんなことはどうでも良くて、この曲のイントロは本当にキャッチー、というところに話は戻る。

リズミカルなピアノが奏でる最初の8小節だけでも耳を惹きつけるには十分だが、そんなメイン・テーマが、繰り返されるごとにさまざまな楽器の音色でビルド・アップされていく発想はかなりダンス・ミュージック的。緻密さと同時に合奏の醍醐味とも言える推進力躍動感も備えており、加えて楽曲のサイズはこうしたジャンルにしてはコンパクトに収まっているから、非常に聴きやすい。

この曲に限らず、ハウス/テクノのリフレインによる高揚、もしくはジャズのソロ回しなど、ジャンルの快感原則上、どうしてもそうなってしまう“曲の長さ”を回避してあるのは恐らく意識的だと思う。

テーマ中に時折差し込まれる Fsus4/B♭ というコードが本当に素晴らしくて、ルイス・コールの楽曲にも通じるなめらかな意外性/浮遊感を演出しながら、インタールードではそれを主和音に持ってきて見事な場面転換を見せたり、単なる“DTM以降のビッグ・バンド”に留まらないセンスと消化力を感じさせてくれる。

ちなみにドラマーは、上で書いたルイス・コール。インタビューなどを読む限り、ジェイコブが彼と出会ったことが、バンド結成の大きなモチベーションとなったらしい。この曲ではドラムの音色も含め、必要以上に前に出ないプレイに徹しているが、それでも彼独特の歯切れの良いドラミングで、楽曲にある種の現代性をもたらしていると思う。

今年になってグラハム・デクターアレックス・フランクに招かれる形で再録されたトリオ・バージョンの「Kogi(feat. Jacob Mann)」も良かったので、気になった人はチェックしてみてください。

▲ドラマガ本誌2019年3月号掲載、ルイス・コールの初登場インタビューはこちらをチェック!

Profile●木暮栄一:東京都出身。98年、中高時代の遊び仲間だった荒井岳史(g、vo)、川崎亘一(g)、原 昌和(b)と共にthe band apartを結成。高校時代にカナダに滞在した経験があり、バンドでの英語の作詞にも携わる。2001年にシングル「FOOL PROOF」でデビューし、2004年にメンバー自らが運営するasian gothic labelを設立。両国国技館や幕張メッセなど大会場でのワンマン・ライヴを経験し、2022年には結成25周年を迎え、現在に至るまで精力的なリリース/ライヴ活動を行っている。その傍ら、個人ではKOGREY DONUTS名義のソロ・プロジェクトで作詞作曲やデザイナー業を行うなど、多方面で活躍している。

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