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Archive -【追悼】トニー・アレン〜アーカイヴ・インタビュー〜

  • Interview & Text:Rhythm & Drums Magazine Photo:Hiroto Fujimoto Interpretation & Translation:Akira Sakamoto

今年4月、偉大なドラマーが惜しまれつつもこの世を去った。“アフロ・ビートの創始者”、トニー・アレンだ。この訃報を受け、6月発売の本誌7月号では、追悼特集を予定。今回は発売に先駆け、1999年に掲載した本誌初登場となるインタビューを公開。当時アフリカ70が再注目され、幻と言われた音源の復活に際して行われた取材となっている。

最初は理解してもらえなかったけど
それが“アフロ・ビート”となった

●まずはドラムを始めたいきさつから教えてください。

T 最初はトラップ・ドラム(ドラム・セットの原形)を叩いていたんだ。1960年頃からプロとして活動し始めたんだけど、自分のドラム・セットを手に入れたのはフェラ・クティのバンドを脱退してから(78年)なんだよ。最初の頃はラジオでかかっていたり、レコードで手に入る曲をコピーして演奏していたんだ。ミュージシャンとしての活動をスタートさせるにはみんなが知っているような曲を演奏しないといけないからね。

●音楽的な環境の中で育ったんですか?

T 父親が趣味でギターやマンドリンやピアノを弾いていたくらいだよ。

●あなた自身はなぜドラムを?

T ギターやピアノをいじったことはあるけど、なぜかドラムが好きでね。ライヴを観る機会があるときは決まってドラマーを観ていたよ。

●当時のお気に入りのドラマーは?

T アート・ブレイキー、エルヴィン・ジョーンズ、ジョー・ジョーンズ、フィリー・ジョー・ジョーンズ、マックス・ローチ、そしてトニー・ウィリアムス。こういったドラマー達を一生懸命コピーして、何とか自分のスタイルを確立したかったんだ。

●そのスタイルがやがてアフロ・ビートへと発展していったのですか?

T そうなんだ。ナイジェリアには西アフリカの伝統的な“ハイライフ”と呼ばれる大衆音楽があるんだけど、それにジャズの音楽性を織り交ぜたかったんだよ。何というかハイライフを違ったスタイルで演奏したかったんだ。ハイライフは伝統的な音楽なんだけど、ジュジュ・ミュージックのようにもろに“土着”という感じじゃなくて、もう少しモダンなものなんだ。伝統的なアフリカン・ミュージックをドラム、ベース、キーボード、ホーン・セクションといった楽器編成で演奏されるよう編曲しているものなんだよ。そして、これにジャズの要素を加えていったんだけど、最初の頃はみんな聴き慣れなくてなかなか理解してもらえなかった。でも何年か続けているうちにアフロ・ビートとして認められるようになったんだ。

●14年間に渡るフェラ・クティとの活動でアフロ・ビートがどんどん普及したわけですね。

T うん、僕らが最初だったからね。